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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

家族の物語、ラップに  若者ブームも当局規制 中国(最終回)

2020.6.2 18:31 共同通信

 中国内陸部の陝西省西安の野外会場に、中国風の旋律に乗せボーハン・フェニックス(27)の切なげなラップが響く。「湖北(省)の子/幼い頃から父親はいなかった」―。頭にはトレードマークのヒョウ柄のバンダナ。中国語と英語を自在に操り、米中両国で活動する売り出し中のヒップホップ歌手が語るのは「家族の物語」だ。
 中国では近年、米ニューヨーク生まれのヒップホップが若者の間で大ブームとなっている。中国語では「嘻哈(シーハー)」。当局は2018年、低俗だとして規制に乗り出したものの、自身の欲望や感情をさらけ出した歌詞や、タトゥーなどのファッションが「酷(クール)」だと若者の心を捉えて離さない。

 ▽二つの国
 ボーハンの本名は冷博涵(れい・はくかん)。湖北省宜昌に生まれ、11歳で母親の暮らす米ボストンに渡り、米国籍を取得した。ヒップホップに目覚めたのは13歳ぐらいの時。黒人の音楽とされてきたヒップホップ界で、白人でありながらカリスマとなったエミネムに憧れた。
 「中国の田舎からやって来た(アジア人の)子でも、彼のように黒人のラップがやれるんじゃないかと思えた」

 
野外フェスで歌うボーハン・フェニックス。音楽で「第二の生」を得たとの思いから、火の中で生まれ変わるフェニックスを芸名に加えた=19年5月、中国・西安(共同)
野外フェスで歌うボーハン・フェニックス。音楽で「第二の生」を得たとの思いから、火の中で生まれ変わるフェニックスを芸名に加えた=19年5月、中国・西安(共同)

 

 16歳で初めて曲を作り、ニューヨーク大に進学後はアポロシアターで開かれるアマチュア向けイベントなどに出演、就職活動もせずに音楽に没頭した。だが英語で格好良く韻を踏めたところで、何かが足りない。「人まねでは駄目だ」。自らのルーツを見つめ直し、中国語を織り交ぜた独自のスタイルを模索するようになった。
 バー歌手だった父との結婚を諦め、息子の教育のために渡米を決意した母への愛情。これまでに5回しか会ったことのない父との死別。働く母に代わって11歳まで育ててくれた祖父母との質素な生活…。「有名になりたい」「金が欲しい」と、赤裸々な欲望を歌うことが多い中国のラッパーとは一線を画す。
 15年の中国初公演の際、肺がんで倒れる前の父に再会した。見た目も服の好みも、口調まで生き写し。「この人が音楽をやっていなかったら、ラップをすることはなかった」。抱いていた恨みがすっと消えた。

 ▽政治と音楽
 17年は中国の「ヒップホップ元年」と言われる。バトル形式のインターネット番組「ザ・ラップ・オブ・チャイナ」の放映が始まり、大ヒットしたためだ。ヒップホップ文化が中国内で爆発的に広まり、番組はスターへの登竜門に。中国メディアによると、ある上位入賞者の出演料は3千元(約4万6千円)から30万元に跳ね上がった。
 メディアを管理する国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局は18年1月、番組で人気に火が付いたラッパーらをテレビ番組に出演させない方針を示した。薬物使用や女性蔑視の歌詞が問題視されたことが原因とされるが、体制批判に結び付きやすいヒップホップ文化が大衆に浸透することを警戒したとの指摘もある。
 「中国ではラップにも政治的な正しさが求められる。反政府的な主張や、過度な拝金主義は越えてはならない一線だ」。中国の音楽関係者は打ち明ける。
 一方で、ヒップホップを政治に利用する動きもある。愛国主義的なグループ「天府事変」は19年夏、香港で6月に本格化した逃亡犯条例改正案を発端とした抗議活動を非難する英語のラップを発表した。「誰かが(背後で)香港を分裂させようとしている」と歌い、米国など欧米諸国が香港デモに関与しているとの中国側の主張を“宣伝”した。音楽を統治に活用するのは「共産党の伝統」(同関係者)だ。

 

若者らが集まる通りの壁に描かれた米国人ラッパーとみられる絵。当局の規制でタトゥーやピアスをしたラッパーのテレビ番組起用は規制されたが、若者にはファッションも人気だ=19年5月、中国・成都(共同)
若者らが集まる通りの壁に描かれた米国人ラッパーとみられる絵。当局の規制でタトゥーやピアスをしたラッパーのテレビ番組起用は規制されたが、若者にはファッションも人気だ=19年5月、中国・成都(共同)

 

 ▽葛藤
 空前のブームは、チャンスと試練をもたらした。ボーハンは中国での活動が増え、ヒップホップ文化が根付く四川省成都などを拠点に1年の半分を祖国で暮らすようになった。半面、規制強化で歌詞の検閲に「多くの費用と時間」がかかるようになり、身体に入れたタトゥーのせいで北京公演も不許可になった。
 しかし、ボーハンが憂うのは当局の規制より「音楽そのものを評価せず、全てが消費に結びつく」中国の音楽業界の現状だ。「バトル番組は実力でなく、アイドル性が最重視される。若い女性ファンが付くか、ファッションブランドの広告塔になれるか」
 番組からは毎年出場依頼を受けているが、固辞し続けている。大衆に迎合した「売れるためのノリの良い曲」で大金や名声を得ても、何も残らないと感じているからだ。
 湖北省でのつましい暮らしがなかったら、いまの自分はない。ヒップホップは人生を歌うもの。中国でも本質が理解される日が来ると信じている。(敬称略、文・花田仁美、写真・八田尚彦)

 

取材後記

誰でもラッパー

地図
 

 激辛料理で知られる中国四川省成都ではブームに先駆け、10年以上前からヒップホップが広まった。世界で活躍するグループ「ハイヤー・ブラザーズ」などを輩出、フリーも含め約100人のラッパーがいるとも言われる。
 Gibb―Z(23)もその一人。パソコンやマイクなど総額約1万元(約15万円)の機材さえあれば、インターネット上で作品を発表でき、誰でもラッパーになれる。「ラップしていると自由になれる。当局の規制は仕方ない」と理解を示す。
 北京や上海と比べて政治的な圧力が強くないのも、成都でラップが盛んになった要因の一つとされる。体制批判を許さない共産党独裁下で、中国ラップは生き残れるのか。強権的な習近平指導部による言論統制を目の当たりにすると、前途が明るいとは言えない。(敬称略) 

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