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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

「死の病」新薬で打ち勝つ  エボラ熱研究に人生ささげ コンゴ(旧ザイール)

2020.4.26 13:57 共同通信

 「神に感謝します。そして、薬にも」。エボラ出血熱の男性患者モンガリ・カボンゴ(28)が穏やかな口調で語った。2018年からエボラ熱が流行し2200人以上が死亡したコンゴ(旧ザイール)東部。主要都市ベニの治療センターでは昨年9月、防護服を着た医師たちがせわしなく動き回っていた。
 カボンゴの目は充血し紅茶を飲む手は小刻みに震えているが「薬のおかげで歩けるようになった」と元気そうだ。

 ▽治る病
 政府軍兵士のカボンゴは、同僚がエボラ熱にかかったと知らず、トイレに連れて行くなど素手で介抱した。同僚は「暑い、暑い」と病院の床でのたうち回り息絶えた。自身も発熱し入院した。
 エボラ熱は致死率が高く、長年恐れられてきた。だが、初期段階で投与すると約9割の患者が治癒する薬剤がこのほど開発され、カボンゴのように回復する人が増えた。「(第1子を妊娠する)妻と、生まれてくる子どもに早く会いたい」とはにかんだ。
 首都キンシャサの国立生物医学研究所。「エボラ熱はもう“死の病”ではありません」。新薬開発に貢献し、日本政府の野口英世アフリカ賞を昨年受賞したウイルス学者、ジャンジャック・ムエンベタムフム所長(78)が訴えた。コンゴでエボラ熱が初めて確認された1976年以降、10回の流行すべてを研究し「ミスター・エボラ」と呼ばれる。

 

国立生物医学研究所で若手を指導するジャンジャック・ムエンベタムフム(左)。施設は老朽化し、日本政府の支援で新棟の建設工事が行われていた=19年10月、コンゴ・キンシャサ
国立生物医学研究所で若手を指導するジャンジャック・ムエンベタムフム(左)。日本政府の支援で新棟の建設工事が行われていた=19年10月、コンゴ・キンシャサ

 


 「未知の病気が発生した。現場に行ってくれ」。76年、大学教官だったムエンベタムフムは保健省から電話を受け、森に囲まれた北部ヤンブク村に急行した。家々を訪ねると、腕の注射痕から血が止まらず、目から出血する人たちがいた。「見たこともない光景で、村はパニックに陥っていた」と振り返る。
 防護服や手袋はなく、患者を素手で触った。一緒にいた助手はまもなく発症し死亡。ムエンベタムフムはせっけんで手を洗い感染は免れたが「恐怖に震えた」という。
 ヤンブク村の流行では280人が命を落とした。亡くなった患者の血液をベルギーの研究所に送ったところ、新種のウイルスと判明。ムエンベタムフムのエボラ熱との長い闘いが始まった。

 ▽自信
 95年、都市部初の流行となった西部キクウィト。エボラ熱を発症した8人に元患者の血液を注入したところ、7人が完治した。ムエンベタムフムは「国内にまともな研究施設や顕微鏡はなく、この方法が有効かどうか確証はなかった。でも、正しいはずだと自らに言い聞かせた」と語る。
 だが、欧米のウイルス学者たちに「エボラ熱の治療には適さない」と否定された。元患者を米国に連れて行き、血液を採取し研究に使ってもらうなど、20年以上にわたり自説を主張し続けた。
 この方法に基づいて製薬会社が新薬を開発し、米国立衛生研究所(NIH)は昨年8月、治療法が有効だと発表した。
 キンシャサから数百キロの村で生まれ、将来は農家を継ぐと思っていた。学校に通ったことがない父に「医者の地位は高い」と説得され、大学で臨床医学を専攻。だが当時、世界中のあらゆるウイルス性疾患に十分な治療薬はなかったといい「薬の開発に貢献したい」とウイルス学者の道を選んだ。
 エボラ熱の新薬のニュースは「自説の正しさが証明され、人生でもっともうれしい瞬間だった」と笑みをこぼす。

 

治療センターの隔離病室で、エボラ熱患者の赤ちゃんを診療する医師たち。免疫がある元患者の職員(右端)は防護服を着ないで赤ちゃんに直接触り世話をしている=19年9月、コンゴ・ベニ(共同)
治療センターの隔離病室で、エボラ熱患者の赤ちゃんを診療する医師たち。免疫がある元患者の職員(右端)は防護服を着ないで赤ちゃんに直接触り世話をしている=19年9月、コンゴ・ベニ(共同)

 

 ▽人災
 「エボラ熱はわれわれを殺すための政府の陰謀だ!」。昨年9月、東部の主要都市ブテンボ。大通りで記者の周りに50人ほどの若者が集まり、口々にまくし立てた。開発から取り残された東部は政府に批判的な人が多く、流言が飛び交い、住民が医療従事者を襲う事件が相次いだ。
 世界中で需要が高い鉱物を目当てに武装勢力が乱立し、紛争も深刻だ。ムエンベタムフムは今回の流行でコンゴ政府の陣頭指揮を執るが、医療活動が妨げられてきた。
 「エボラ熱の流行は、水にもぐるカバのようです」。ムエンベタムフムが研究室でおもむろに語りだした。川にいるカバは耳だけを水面から出し、胴体は陸から見えない。「エボラ熱はカバの耳に当たります。でも、水に隠れている部分こそが重要で、そこに目を向けないといけません」
 新薬によりエボラ熱はかつてほどの脅威ではなくなったが、政情不安や保健医療のもろさなど流行を長引かせた要因に対処する必要がある―との趣旨だ。ある村で「予防のために水で手を洗いましょう」と呼び掛けたところ、住民に「村には水がありません」と言い返され、言葉を失ったという。
 ムエンベタムフムは「エボラ熱の流行は人災の側面がある」と強調する。だが、こう付け加えた。「40年前に比べて検査態勢が整い、新薬やワクチンができるなど大きく前進した。人類はいつか、この病に打ち勝つことができる」(敬称略、文・中檜理、写真・中野智明)

 

取材後記

コンゴ人の手で

地図
 

 ムエンベタムフムは「コンゴ人が現地語で住民に向き合わないと、信頼を得られない。外国の援助団体に頼ってばかりではだめだ」と人材育成に力を入れる。キンシャサ大医学部長などを歴任し、教え子は千人を超す。
 高給を求め欧米に流出する学者や医者がいる一方、さまざまな感染症がまん延するコンゴを憂い、とどまる若者も多い。
 ベニのエボラ熱治療センターで活動した医師プリフェレ・マトゥトゥ(31)はその一人だ。「給料は安いけれど、志願して来た。政府の代わりに自分が、ここで学んだことを国中に広めていきたい」。ムエンベタムフムの思いは、着実に次世代に受け継がれている。(敬称略)

 
   

 

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