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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

連携で課題解決の手助け  存続かけ地方メディア 米国

2020.3.2 16:43 共同通信

 米建国にゆかりの深い東部フィラデルフィア。全米6位の大都市だが、貧困率は約26%と米100万都市の中で最も高い。米民主党大会が開かれた3年前には目につかなかったホームレスの姿が目立つ。「当時は市当局が街中の見栄えをよくしようと彼らを施設に集めた。党大会が終わり、元通りになった」。ネットメディア「ビリー・ペン」の編集長ダニヤ・ヘニンガー(45)が苦笑した。

ホームレスの姿が目立つフィラデルフィア中心部。昼間からバス停で寝込んでいても、通りを行き交う人たちは無関心だ=19年9月、米ペンシルベニア州(共同)
ホームレスの姿が目立つフィラデルフィア中心部。昼間からバス停で寝込んでいても、通りを行き交う人たちは無関心だ=19年9月、米ペンシルベニア州(共同)

 ▽20社以上が協力
 ビリー・ペンは米公共放送系地元局の一部門。市民生活に密着した話題を発掘し、オンラインで発信する。フィラデルフィアには日刊紙、テレビ、ヒスパニックや黒人向けのラジオなど、性格の異なる20以上の媒体が2018年1月に結成したローカルメディアの連携組織がある。5年がかりのプロジェクトとして、市最大の問題である貧困をテーマに取材・報道活動を展開している。ビリー・ペンもその一員だ。
 加盟する新聞社の記事が、テレビ局のウェブサイトにも掲載されるといったことが日常的に起きる。この枠組みで発信された記事はこれまでに400本を超えた。
 組織の事務局長ジーン・フリードマンルドフスキ(39)は調査報道と海外取材の経験が豊富。子育てのため15年に出身地のフィラデルフィアに戻り、別のメディア組織「ソリューションズ・ジャーナリズム・ネットワーク(SJN)」のコーディネーターを務めた。その仕事が、全米最大のローカルメディア連携につながった。

 ▽不信と危機
 「課題解決型報道」などと訳されるソリューション・ジャーナリズムは、問題を指摘するだけでなく、どこかにその解決がないかまでを取材し、報じる。フリードマンルドフスキは「解決策を提示し、正解はこれだと書く、という見方は誤解だ」と言う。メディア連携と「ソリューション」は別々の動きだが「連携で読者層と拡散範囲が広がる」と相乗効果をアピールする。
 「20年前に始めていたら、誰も注目しなかった」。ニューヨーク・マンハッタンのオフィスでSJNの共同創設者ティナ・ローゼンバーグ(59)が言い切った。米紙ニューヨーク・タイムズで「ソリューション」型のコラムを書いていたが「もっと広めるべきだ」と、13年にSJNをつくった。

ソリューションズ・ジャーナリズム・ネットワーク共同創設者のティナ・ローゼンバーグ(左)とデービッド・ボロンスティン。ガラスのついたてで仕切られた小さな事務所がひしめく共用オフィスビルの一角に本拠地を置く=19年9月、米ニューヨーク(共同)
ソリューションズ・ジャーナリズム・ネットワーク共同創設者のティナ・ローゼンバーグ(左)とデービッド・ボロンスティン。ガラスのついたてで仕切られた小さな事務所がひしめく共用オフィスビルの一角に本拠地を置く=19年9月、米ニューヨーク(共同)
 

 米国のメディア、特に新聞は急速なデジタル化を背景に、深刻な読者離れに直面している。メディアは社会の悪い面しか見ず、後ろ向きな話題しか報じないとの批判も強く、国民のメディア不信は根深い。世論調査結果を見ると、国民のメディア信頼度は史上最低レベル。特にトランプ米大統領が意に沿わない報道を「フェイクニュース」だと切って捨てるようになり、主流派メディアへの拒絶反応は強まった。
 また08年のリーマン・ショックを機にメディアの経営危機が加速、新聞の廃刊や記者の大量解雇が続く。地元に一つも報道機関のない「ニュース砂漠」が全米に広がる。
 ローゼンバーグは「ジャーナリズムは存亡の機に直面している。メディアとジャーナリストが嫌われるのはなぜか。追い詰められて、ジャーナリストは初めて問題解決の方法を学び始めた」と言う。ソリューション・ジャーナリズムはメディアが直面する難題への解答でもある、というわけだ。

 ▽融和もたらす役割
 米南部ノースカロライナ州最大の都市、シャーロット。米有数の金融センターとして急成長するが、経済格差も拡大、低所得者層の住宅問題が深刻化している。
 市の郊外に、低価格で購入できるトレーラーハウスが点在する広い敷地があった。開発業者が全体を買収、約20家族が18年末、立ち退きを強いられた。跡地では高級住宅の建築が進む。
 昨年発足したシャーロットのメディア連携組織が住宅問題に取り組み、声を上げにくい低所得者層の実情を伝えた。
 地元紙「シャーロット・オブザーバー」の記者クリスティナ・ボリング(45)は、ソリューション・ジャーナリズムの手法を使った。「住民を保護する方法はないのか。他州の制度も調べた」と語る。立場の弱い低所得者層も権利を主張できることを知ってほしいし、将来同様の問題が起きたときに、参考にしてもらいたいと考えている。
 家を追われた住民のその後を取材したボリングの記事は19年9月初め、連携するスペイン語紙に掲載され、数日後オブザーバーなどのウェブサイトにも載った。
 オブザーバーの前編集局長リック・テームズ(65)は「読者は問題の解決法が知りたい。社会の分断が進む今、読者の声を聞くことは一層、重要になった」と考える。「融和をもたらすことがソリューション・ジャーナリズムの進む道ではないか。今、そこに向かって、何かが起きていると思う」(敬称略、文、写真・尾崎元)

取材後記

双方向性の時代に

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 変わり続けることが人や組織のDNAに組み込まれているとさえ思える米国でも、変わりたくないという意識が強く働く分野もある。当たり前かもしれないが、それを改めて実感した。
 ソリューション・ジャーナリズムは読者離れやメディア不信への反省から生まれたと言ってもいい。メディア連携は、新聞社や放送局が追いたい主題を自社だけで取材・報道できる余裕があった時代には考えられなかった現象だ。
 インターネットとソーシャルメディアは情報の出し手と受け手の関係を一変させた。情報が一方向にしか流れない時代は終わった。ソリューション・ジャーナリズムもメディア連携も、双方向性の時代に順応するための試みなのだろう。 

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