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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

消えゆく民族、文字を創作 独自の文化、子どもに託す ミャンマー

2020.2.19 17:46 共同通信

 「ア、オ、イー、ウー」。子どもたちの明るい声が、鮮やかな緑の木々に囲まれた小学校の教室に響いた。湿り気と、土の匂いを含んだ雨上がりの風が、肌をひんやりとさせる。時折、草をはむ牛の鳴き声が聞こえた。
 タイ国境に近いミャンマー東部カヤ州。少数民族インタレーの住むワンアウン村で、インタレー語を教えるクレー・モン(30)が、ホワイトボードに記号のような文字を書いていた。指さして、りんとした声で読み上げる。「繰り返して」との呼び掛けに、子どもたちも元気に応じていた。
 インタレーは独自の言葉を話すが、文字は持っていなかった。書いているのは、インタレー語を表記するために創作したばかりの文字だ。女子生徒のミー・モン(9)は「文字を覚えるのは楽しい」とはにかんだ。
 インタレー語の音に文字を当てはめる作業は、数年前に完了。小学校1、2年生用のインタレー語の教科書も完成し、2018年、政府の認可を得た。まだ正式科目ではないためボランティアとして教えるが、近く正式科目となる見通しだ。クレー・モンも教員となり、教壇に立つ予定で、その日を待ち望んでいる。

小学校で子どもたちにインタレー語のつづりを教えるクレー・モン(左)。「書き言葉が無ければ失われるものが多い。文字を使いこなせるようになれば、新しい歌や物語も紡ぎ出せる」という強い思いから次世代への教育を志した=19年8月、ミャンマー東部カヤ州(共同)
小学校で子どもたちにインタレー語のつづりを教えるクレー・モン(左)。「書き言葉が無ければ失われるものが多い。文字を使いこなせるようになれば、新しい歌や物語も紡ぎ出せる」という強い思いから次世代への教育を志した=19年8月、ミャンマー東部カヤ州(共同)
 

 ▽消滅の危機
 クレー・モンが生まれ育ち、夫や両親らと暮らすワンアウン村は、州都ロイコーから山道を車で3時間、黄土色のタンルウィン川を木船で20分上った山深い辺境にある。ゴマ栽培が盛んで、電気は15年に通った。
 インタレーの人口はわずか1200人程度とされ、民族自体が消滅の危機にさらされている。
 「文字ができたと聞いたときは、跳び上がるほどうれしかった」。クレー・モンは目を輝かせた。文字づくりは米国の非政府組織(NGO)が主導。近隣の少数民族の文字を取り入れて書き言葉にした。勉強会があると知り、15年に参加。つづりを覚えるのに苦労したが「学んだことを子どもたちに伝えていくべきだ」と教師を志した。
 根底にあるのは、20代で感じた「なぜ自分たちの言葉には文字がないのだろう」との悔しさだ。
 高校での勉強を終え、両親の農作業を手伝いながら暮らしていた13年。村の若者たちの推薦で、インタレーの代表の一人として、少数民族が集まる会議に出席した。その経験が転機となった。
 公用語のビルマ語でメモを取っていたところ「ほかの少数民族の代表者は、それぞれの民族の文字で書いている」と気付き、がくぜんとした。
 学校ではビルマ語を習った。読み書きに不自由はないが、人口の約7割を占める多数派ビルマ民族の言葉だ。民族について考える会議なのに、私はビルマ語でしか書けない―。悲しみは募った。

 ▽歴史の荒波
 ミャンマー政府は、同国にはカチンやシャンなど、135の民族がいるとしている。
 1948年の英国からの独立後、各地の少数民族は権利拡大を求めて立ち上がり、軍との戦闘も起きた。88年からの軍事政権も少数民族を弾圧し、学校でビルマ語教育を強制。独自の文化を否定してきた。2011年の民政移管後、締め付けは緩和したが、政府との間には緊張関係が残り、戦闘が続く地域もある。
 インタレーも時代の荒波に翻弄された。村長のカリー・エ(58)は、1970年代から80年代初めが「戦闘の影響で特に大変だった」と振り返る。村人は戦火の中を逃げ惑い、平和になると村に戻る生活を繰り返した。
 純粋なインタレーの人口が減少したのは、別の民族との結婚で混血が進んだことに加え「戦火を逃れて町に出たまま、帰らない人もいたためだ」と話す。民族消滅への危機感から、未婚者にはインタレー同士で結婚するように呼び掛ける。

 ▽昔話を残したい
 少数民族モンの女性と結婚し、長年、隣国のタイで生活したものの、娘2人が成人したのを機に村に戻った男性もいる。

故郷ワンアウン村に戻り、村人たちとゴマの収穫をするサン・イェー(右)。ゴマは村の貴重な現金収入源となっている=19年8月、ミャンマー東部カヤ州(共同) 
故郷ワンアウン村に戻り、村人たちとゴマの収穫をするサン・イェー(右)。ゴマは村の貴重な現金収入源となっている=19年8月、ミャンマー東部カヤ州(共同) 

 サン・イェー(55)は90年に結婚後、教育費を稼ぐため、夫婦で工事現場や工場の労働者として身を粉にして働いた。約3年前から、民族の消滅について真剣に考えるようになった。2019年5月に村に戻り、弟一家と暮らす。
 「娘たちにも、インタレーとして村に戻るよう伝えている」。長女(24)はミャンマーの最大都市ヤンゴンで働き、妻(56)は20年までタイで仕事だ。米国の大学で学ぶ次女(21)は、卒業後に戻ると約束してくれた。
 言葉や生活習慣の違いから「同じ民族の女性と結婚していれば」と思うときもある。それでも、余生を故郷で過ごすことができて「幸せだ」。
 クレー・モンは、インタレーに伝わる昔話をノートに書き留めていた。子どものころに耳にし、大好きだった話だ。「忘れてしまった話も多い。これから長老たちに聞き取りをして、たくさんの物語を残したい」。青い文字がきちょうめんに並ぶページを見せながら、少し照れたように笑った。(敬称略、文・井上千日彩、写真・村山幸親)

取材後記

明るい未来を

地図
 

 ミャンマー政府によると、インタレーは数百年以上前からタンルウィン川周辺に住み、少数民族カヤ系に属するという。ワンアウン村には、約730人のインタレーが居住。年に2回、伝統的な儀式を行っており、4月の儀式では豚などをいけにえとして精霊にささげ、豊作を祈るそうだ。
 一方、ワンアウン村以外では、文化の継承が難しくなっている。約300人のインタレーが住む近隣のボルケー町では、インタレー語を話せない子どもも多い。テレビの影響で、ビルマ語に接する機会が大幅に増加したためだと話す人もいた。
 取り巻く環境は厳しいが、民族の消滅にあらがう人々の未来が、明るいものであってほしい。

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