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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

多民族つなぐ第4の国語  美しい響き、教育で継承 スイス

2019.10.21 20:34 共同通信

 「エウ・ナ・ファム(私は空腹です)。この文を活用させられる人は?」。スイス東部フタン。アルプスの山に囲まれた小さな小学校で5、6年生のロマンシュ語の授業が始まった。9人の子どもの手が一斉に挙がる。クリスティーナ(13)が元気よく黒板に書き出すと「スペル違うんじゃない」。「えっ」。クリスティーナが振り向くと、教室は笑いに包まれた。
 ロマンシュ語はドイツ語、フランス語、イタリア語に次ぐ、スイスが憲法で定める第4の国語。ラテン語起源の素朴で美しい響きを持つ少数言語だ。アルプスの山岳地域でローマ時代から使われ続け、歴史的に多民族国家スイスをつなぐ役割を果たしてきた。しかし今や日常的に話す人は5万人ほどに減少、消滅の恐れも指摘され、学校教育を中心に継承の努力が続けられている。

スイス・グラウビュンデン州フタンの小学校で行われているロマンシュ語の授業。クリスティーナ(手前)がつづる言葉を子どもたちが見守る=4月(共同)
スイス・グラウビュンデン州フタンの小学校で行われているロマンシュ語の授業。クリスティーナ(手前)がつづる言葉を子どもたちが見守る=4月(共同)

 ▽教える大切さ
 「私は両親からロマンシュ語を教わった。家族はこの言葉しか話さなかったし自然と覚えた。しかし今は違う。学校で教えないといけない。特に書き方の授業は大切ね」。フタンの小学校でロマンシュ語を担当する教師のエベリナ・レーナー(64)は話す。
 フタンは人口500人ほどの集落で、小学校では約40人が学ぶ。ロマンシュ語を中心に話す家庭もあれば、主にドイツ語やイタリア語の家もある。
 「フタンでは通りの名前もロマンシュ語で記されているし、店や銀行でも通じる。しかしロマンシュ語を話せるだけでは仕事は見つからない」とレーナー。ロマンシュ語が日常的に使われるのは東部グラウビュンデン州の一部地域のみだが、州で最も良く使われるのはドイツ語。小学校でも第2言語として教える。
 実際、子どもたちは多言語の使い手だ。マリオ(12)はきょうだいとはロマンシュ語で会話、両親とはドイツ語交じりだ。クリスティーナは4カ国語を使えるが、ロマンシュ語を勉強して多くの新たなことを学べたといい「一番好きな言葉だ」と言い切る。
 レーナーは「ロマンシュ語には文学も歌もあり、地域の伝統を支えてきた。言葉がなくなると私たちの文化は消える」と強調する。

 ▽国民投票
 スイスではロマンシュ語は長らく一地方の言葉でしかなかった。政府の公式文書に記すことは許されなかった。
 状況を一変させたのが、1930年代に欧州を席巻したファシズムだった。イタリアのムソリーニ政権がグラウビュンデン州のイタリアへの併合を念頭に「ロマンシュ語はイタリア語の一方言だ」と主張したのだ。当時、ナチス・ドイツもスイスに領土的関心を持っているとされ、対応を誤ると戦争に巻き込まれる恐れもあった。 
 38年、スイス政府はロマンシュ語を第4の国語として認めるかどうかの国民投票を行い、9割以上の支持で可決。国家の一体性を示すことで独裁者の野心をくじいたのだ。
 しかし第2次大戦後、話者の減少に伴い、ロマンシュ語は衰退の一途をたどった。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は「消滅の危機にある言語」に認定、スイス政府は96年に準公用語としての地位を認め、言語教育の充実やロマンシュ語メディアの支援に乗り出した。ジュネーブ大でロマンシュ語学を教えるレンツォ・カドゥーフ上級講師(44)は「言語維持の上で政府の支援策は良い影響を与えている」とし、当面、消滅の恐れはないと指摘する。

 ▽力強い言葉
 4月上旬、グラウビュンデン州の州都クール。冷たい雨が降りしきる夜、町の中心部にあるクラブでロマンシュ語歌手、ビビ・バプラン(40)のコンサートが始まった。

ロマンシュ語で歌うビビ・バプラン=4月、スイス・グラウビュンデン州クール(共同)
ロマンシュ語で歌うビビ・バプラン=4月、スイス・グラウビュンデン州クール(共同)

 「ヌ・クイント・ヌグリア・ダ・ベイビー(私は赤ちゃんのことを何も話してない)」。曲は軽快なポップス調だ。バプランが澄んだ声で歌い上げると約30人の聴衆から大きな拍手が沸いた。
 歌詞はほとんどがバプランの自作だ。日常生活の一こまや、人生の哀歓を歌ったものが多い。高校教師のクリス(42)は「僕はロマンシュ語は分からない。でも一度彼女の歌を聴いてファンになった。悲しい歌もあるけど、前向きな気分になれるんだ」と話す。
 バプランはもともとは英語で歌っていた。反応も悪くなかったが、何かが違うとの思いが拭い切れなかった。「ある時、故郷の言葉のロマンシュ語で歌うと力強さを感じたの。新鮮さも。ああ、これを求めていたんだと」
 カドゥーフは、ロマンシュ語が維持されてきた要因として書き言葉の文化があったことを挙げる。「アルプスの山岳地方の文化と強く結びついており、詩や歌を伝えるため言葉も守られてきた」
 フタンの小学校でも授業の最後に子どもたちがロマンシュ語で歌ってくれた。「子どもたちは歌が大好き。言葉は楽しんで覚えるのが一番よ」とレーナーは笑った。(敬称略、文・小林義久、写真・松井勇樹)

取材後記

五つの方言

地図
 

 ロマンシュ語が英語やドイツ語のように多くの話者を獲得しなかったのは、人口の少ない山岳地帯で使われてきたことに加え、五つの方言に分かれて共通言語を持たなかったためともいわれる。
 例えば、フタンなどグラウビュンデン州東部で話されるのは「バラーデル方言」で、西部で使われる「スルシルバ方言」とはかなり違う。フタンの住民は「あちらの人と話すと、ちんぷんかんぷんの時もある」という。
 フタンの小学生ファブリツィオ(13)はロマンシュ語を学ぶと「周りに気付かれずに、友達と秘密の会話ができるよ」とおどけた。ドイツ語圏とイタリア語圏のはざまで少数言語が維持されてきた理由は意外とこういうところにあるのかもしれないと考えた。(敬称略)

 

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