メニュー 閉じる メニュー
国際

国際

76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

「台湾人」を覚醒  中国と硝煙なき戦い  台湾

2019.9.30 17:47 共同通信

 台湾のトップエリートが集まる台北の台湾大で高校生向けの冬期講座が開かれていた。憧れの大学を体験したい進学生向けに学生会などが企画するイベントだ。
 「帝国主義下の台湾」。テーマはいささか学術的だった。「台湾は400年来、地政学的特性からスペイン、清国、日本、米国などの帝国に常に翻弄されてきた。台湾の宿命だ」「今は米国と中国という二つの帝国のはざまにある」
 語り部は台湾政府のシンクタンク、中央研究院台湾史研究所の呉叡人(ご・えいじん)副研究員(57)。生徒は世界史的な大きな物語に自然と引き込まれていく。
 聴講していた高1の女子生徒(17)は「中国が帝国主義だという指摘は教科書と違って新鮮」と目を輝かせた。呉は講演後、次々と記念撮影を求められた。
 呉はこの講座で10年以上、高校生に語り続けている。ここだけではない。教員団体、学生団体、社会団体…さまざまな集まりで「台湾の主体性」を説く。1年に100回以上講演した年もある。

講演後、記念撮影を求められる呉叡人(右端)=1月、台北の台湾大学(共同)
講演後、記念撮影を求められる呉叡人(右端)=1月、台北の台湾大学(共同)

 

▽中台逆転
 1945年、敗戦で日本が台湾から撤退すると中国の国民党が接収。49年、大陸で共産党との内戦で敗れた国民党は台湾を独裁統治し中国大陸の共産党政権と敵対した。90年代以降の民主化で土着の台湾人が初めて主役になり、自分を「中国人」ではなく「台湾人」と認識する人が増加。だが内戦の勝者、共産党は台湾の所有権を主張し武力統一さえちらつかせる。
 呉は講座で続ける。「台湾人は100年前に日本で独立派が雑誌を創刊、国家づくりを目指した。ようやく国家形成が完成しようという時に、今度は中国がやってきた」
 台湾は民主化とともに奇跡の経済成長を達成。中国は共産党が建国後、政治的混乱が続き、経済的にも遅れていた。しかし今世紀に入って急速に台頭し2010年には日本を追い越して世界第2の経済大国に。国際社会でも米国と並んで「G2」と呼ばれるほどになった。台湾の域内総。産。GDP)総額は90年に中国の4割規模だったがいまは4%にすぎない。

 ▽棄台論
 「台湾よ、さようなら」。14年春、中台の対決は勝負がついたとみる米シカゴ大の国際政治学者、ミアシャイマーは中国による統一はもはや時間の問題とする「棄台論」を発表して注目された。
 「彼はマクロの統計だけを見て言っている。僕らの草の根の取り組みは数字では測れない」と呉は強く反論する。
 棄台論が出たのとちょうど同じころ、台湾では学生運動が盛り上がった。親中路線に転換した国民党の馬英九(ば・えいきゅう)総統(当時)が進めていた中国とのサービス貿易協定に反発して学生らが立法院(国会)を占拠、協定締結を阻止した「ヒマワリ運動」だ。台湾ナショナリズムを高め中国に対して明確な「ノー」を突きつけた台湾史上、画期的な出来事だった。この運動も呉の地道な取り組みと深くつながっている。
 馬政権下の08年、中国への接近に反発する「野イチゴ」と呼ばれる学生運動が起きた。12年には親中企業による台湾メディア買収を阻止する運動が発生。その中心には呉と周りに集まる学生たちがいた。この中からヒマワリのリーダーが生まれた。「私のや。って。ることは若者を覚醒させ理論を提供すること。これは中国との硝煙なき戦いなのだ」
 呉の研究室には香港の学生もやってくる。香港では14年、民主化選挙への中国の政治介入に反発した「雨傘運動」が起きた。香港のトップ、梁振英(りょう・しんえい)行政長官(当時)が「香港の独立を鼓舞している」と目の敵にした論文集「香港民族論」は呉と香港の学生との交流から紡ぎ出されたものだった。

 ▽情熱が武器

中国からの観光客を歓迎する中国旗がはためく台湾・金門島=2月(共同)
中国からの観光客を歓迎する中国旗がはためく台湾・金門島=2月(共同)

 しかし中国の力は強大だ。今年1月、中部の台中市内の高校で開かれた若手教員が集まる講座で「中国に対抗するため台湾の教育の役割が重要」と説くと一人の教員が嘆き声を上げた。
 「でも校長や幹部は中国と交流していて、中国の教育は素晴らしいと言うんですよ」
 教育現場は上からの圧力に悩んでいる。中国は経済、教育、農業、地方自治体…あらゆる分野で台湾を取り込んでいる。
 昨年11月の統一地方選では南部の高雄市など各地で国民党の首長が誕生、経済的恩恵にあずかろうと中国詣でが始まっている。中国に近い金門島では中国から水を送るパイプラインも昨年開通し中国との一体化が進む。街には中国旗もはためく。
 台湾大の講演で呉はこう締めくくった。「今の自由と民主主義は前の世代の人たちが努力して築き上げたもの。そしてこれからを決めるのはあなた方だ。台湾の民主主義、市民社会、若者の情熱こそが中国に対抗するための最大の武器だ」。教室は割れんばかりの拍手に包まれた。(敬称略、文・塩沢英一、写真・村山幸親、塩沢英一)

 

取材後記 

揺れ動く自己認識

台湾
 

 台湾で取材していると、アイデンティティーとは「コップの中の水のようなものではないか」と思うことがある。流動的で入れ替え可能ということだ。
 日本統治下では皇民化政策により「日本人」として育てられた。戦後、大陸から渡ってきた国民党の独裁体制下では、中国史を習い、中国人としての意識を植え込まれた。その後「台湾人」を強調したのが李登輝(り・とうき)元総統で台湾史も教えるようになった。
 台湾の政治大が行っている「中国人」か「台湾人」かの認識を問う世論調査では、1992年には26%が「中国人」と回答、「台湾人」は18%にすぎなかったが、2014年には「台湾人」は61%に3倍増、「中国人」は4%まで減った。

 

最新記事

関連記事 一覧へ