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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

ようこそ“隠れ家”に  居所のない男たちへ アイルランド

2019.9.25 17:31 共同通信

 アイルランドは雨が多い。この日も冷たい雨の降る中、中部キルデア州ネースの石造りの農家から、時に陽気な、時に物悲しいギターやバイオリンの音色と歌声が流れてきた。先住民ケルトの伝統を継ぎ、今も国民に愛されるアイルランドのフォークソングだ。
 家の中をのぞくと、髪は白かったり、薄かったり、好々爺といってもよさそうな男ばかり十数人が肩を寄せ合って歌い、談笑している。
 長年勤めた職を退いたが、自宅にいてもすることはない。引きこもりになりがちな高齢男性の集う場所をつくり、さまざまな活動を通じて社会との関わりを促す「Men’s Sheds」(男たちの隠れ家)がアイルランド全土に広がる

 ▽大切な時間と場所
 ネースの“隠れ家”は「本音で語り泣き言も言える、いつでも誰にでも開かれている場所」として2014年にできた。会員は約40人、最高齢は87歳。多くは定年退職をした男たちだ。現役時代は会計士、軍人、エンジニア、公務員だったさまざまな男たちが、好きな時に集まって思い思いのひとときを過ごす。
 中には「25年連れ添った妻を亡くし、うつ病になって家から一歩も出なかった」と言うトム(67)のような男もいる。医師に勧められ、2年前から参加した。「あのままいたら酒浸り、依存症になっていただろうね。ここは今の生活でいちばん大切な時間、場所だよ」

木工作業の手を休め、紅茶やコーヒーを飲みながら談笑する会員たち=1月、ダブリン近郊バルブリガン(共同)
木工作業の手を休め、紅茶やコーヒーを飲みながら談笑する会員たち=1月、ダブリン近郊バルブリガン(共同)


 隣接した部屋ではパディ(72)が地元で掘り出される木化石で器を彫り出していた。軍隊でエンジニアとして勤務、木工ギルドの会員でもある。「軍隊にいるときは仲間がいっぱいいた。でも、退役したらひとりぼっち、寂しかった」と隠れ家づくりに加わった。
 古い民家に手を入れ、庭では養鶏や養蜂、ソーラーパネルを使った温室で野菜などを栽培、卵や蜂蜜、野菜、木工製品を即売する。コンサートや運河のボートツアーを企画し、収益は地元の施設や病院に寄付、小中学生の体験学習なども行う。「地元コミュニティーとつながり、少しでも役に立っていると思うことで、自分たちの存在を実感できる」からだ。

 ▽行き場のない男たち
 「shed(シェッド)」は「小屋、納屋」。孤独な男たちが集う場所づくりは1991年にオーストラリアで始まった。年齢制限はないが、平日の昼間に集まることが多く「事実上、定年後の男たちの集まりになった」と語るのは、アイルランドの全国組織IMSA会長、バリー(44)だ。
 今ではカナダ、英国、ケニアなど8カ国に広がる。アイルランドでは2011年に最初の隠れ家ができ、急速に全国に拡大。19年1月末現在、人口約500万人の国に448カ所と人口比では世界最大となった。
 国勢調査(16年)で65歳以上は前回(11年)から19・1%も増加、ここでも高齢化が進む。「することもない男たちはパブに入り浸り、心身両面で問題が多い。このままでは高齢男性はみんなアルコール依存症になってしまうよ」。バリーが冗談交じりに隠れ家が広がる背景を語る。 
 各隠れ家の会員は十数人から40人程度、運営は会員の裁量に任される。「活動を継続させるためには魅力ある催しが必要」と、木工、健康セミナー、パソコン・スマートフォン講座と催しにも工夫を凝らす。

馬小屋を改修した〝隠れ家〟の増築作業をする会員たち=1月、ダブリン近郊バルブリガン(共同)
馬小屋を改修した〝隠れ家〟の増築作業をする会員たち=1月、ダブリン近郊バルブリガン(共同)

 ▽肩を並べ深める関係
 首都ダブリン近郊バルブリガンにも隠れ家があった。教会の敷地内にある19世紀半ばに建てられ廃屋となっていた馬小屋を改修し、教会に「1年1ユーロ」の賃貸料を払う。
 4年前、ジョニー(70)が仲間に「あの馬小屋を改修して俺たちが集まれる場所をつくらないか」と持ち掛けた。会費は払える人だけ週5ユーロ、57~82歳の会員約20人がいるが「来たいときに来ればいいさ」と緩やかだ。
 小屋には寄付や行政の補助金などでそろえた木工機材一式が並ぶ。木工細工が得意な仲間が教えてベンチや置物を作り、学校や公園に寄贈する。「男は面と向かって友達をつくるのは苦手。肩を並べて共同作業をしながら関係を深めるんだ」とジョニー。隣接の空き地では男たちが集会場増築に汗を流していた。
 なぜ男だけ? 「女は子育てや毎日の生活の中で仲間ができる。今日も女房は俺をここまで車で送って友達と出掛けたよ」
 昨年、登録書類の関係で行政当局から立ち退きを指示されたが、住民の支援で撤回させた。
 「家で居場所がなかった」「妻から『どこか行く所はないの』って言われた」―。紅茶を片手に笑いながらぼやく男たち。「男って仕事を辞めた途端に社会とのつながりがなくなり、孤立してしまうのがよく分かった。日本ではどうなんだ?」と問い掛けられ、つい相づちを打ってしまう。
 「あんたも退職したらここに来いよ、歓迎するから」。別れの握手をしながらジョニーが言った。(敬称略、文・遠藤一弥、写真・植田剛史)

取材後記

現役時代のことは忘れて

アイルランド
 

 女は友人と旅行や習い事にショッピング。友人もなく、することもない男は一人お留守番―。日本も似ているのだろう。
 バリーは「大切なのは現役時代の仕事や肩書を忘れること」と言う。それを鼻にかけ、気にすればみんな居心地が悪くなる。「第二の人生を楽しむなら吹っ切って、素の自分を出し合おうよ」ということなのだ。
 会則は緩やかだが、唯一共通するのは「施設内での禁酒」。アイリッシュウイスキーの本場でもったいないような気もするが、心身共に健全な集まりが目的なのだから当然と言えば当然か。
 お茶を片手に語らう男たちの気持ちいい笑顔が忘れられない。(敬称略)

 

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