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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

密猟者と命がけの戦い    貴重な自然、なくせない ザンビア

2019.9.25 17:06 共同通信

 「あそこに群れがいる」―。四輪駆動車のハンドルを握るガイドのダニエル(46)が指さす森の中に、10頭ほどのアフリカゾウがゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。車を見て威嚇するように先頭の大きなゾウが前足を上げる。2本の白い牙が朝日に輝く。
 アフリカ南部ザンビアの中西部、世界有数の広さを持つカフエ国立公園は、この国のアフリカゾウの主要生息地の一つだ。
 大きなものでは体重7トンを超す、地上に現存する最大の動物は、この美しい牙目当ての密猟で、毎年、2万頭以上が殺されているという。ここカフエも例外ではない。

 ▽ヘリコプター
 「2018年の前半、分かっているだけで、カフエともう一つの国立公園で20頭近くのゾウが殺された。昔はもっと大きな牙を持つゾウがいたが、最近はすっかり見かけなくなった」とダニエル。「ちょっと前に銃を持った3人の密猟者が逮捕されたのはこの辺だ」と、公園の中の道を運転しながら事もなげに言う。
 「密猟者はヘリコプターや強力な銃器を大量に持っている。われわれの装備も資金も彼らにはかなわない」。公園の片隅にテントが立ち並ぶ「特別密猟対策ユニット(SAPU)」の敷地の中。大きなテントの前の階段に腰を掛けたレンジャーのキングスリー・ムサダが静かに話し始める。彼は55歳、この道28年になるベテランだ。

アフリカ南部ザンビアのカフエ国立公園で生息するアフリカゾウの群れ。密猟者の標的になっている=2018年8月(共同)
アフリカ南部ザンビアのカフエ国立公園で生息するアフリカゾウの群れ。密猟者の標的になっている=2018年8月(共同)
 
 

 ヘリでゾウの群れを追いかけ、上空からAK47のような自動小銃で撃ち殺す。牙だけを切り取って、ヘリコプターで運び去る。強いワイヤ製のわなを仕掛けてゾウの足が抜けないようにする。ムサダは、こんな密猟者の手口を教えてくれた。
 「最近、増えているのがカボチャなどの餌の中に強力な毒を入れてゾウを殺すやり方だ。犬を使って弱ったゾウを追いかけるんだ。2週間ほど前に、知らせを受けて急行した時には、中毒死して牙のないゾウの死骸が転がっていた」と苦々しげだ。「せめてわれわれにもヘリコプターがあればなあ」

 ▽需要があるから
 1989年、ワシントン条約で国際取引が禁止されて以来、減少傾向にあった象牙目当てのアフリカゾウの密猟は今世紀に入って、再び、急激に増え始め、一部では絶滅が懸念されるまでになった。中国など新興国の急速な経済成長とアフリカとの経済的なつながりの拡大が背景にある。
 「比較的多くの数が残っている南部アフリカのゾウが密猟者の標的になっている。隣国のナミビアなどはザンビアよりもっとひどいかもしれない」とダニエル。
 アフリカゾウ絶滅への危機感や、象牙の密輸、密猟を助長していることへの批判の高まりを受け、最大の消費国だった中国は2017年末に国内の象牙市場を閉鎖し、一部を除いて国内取引を禁止した。その中で「過去の合法的に入手されたものだ」として印鑑や装飾品、和楽器などの象牙製品が広く売られている日本への国際的な風当たりは強まりつつある。
 象牙の密猟、密輸問題に取り組む環境保護団体「環境調査エージェンシー(EIA)」のダニエール・グラビエル(40)は「世界に残る大きな象牙の市場は日本だけになった。しかも国内の違法取引監視制度は抜け穴だらけで、中国に違法に持ち出されるものも多い」と手厳しい。
 ムサダの同僚のシルベスター・シャミリナド(56)も「政府の密猟対策強化や海外の環境保護団体からの支援もあって密猟は徐々に減ってきてはいるが、象牙に高い金を払うという需要がある限り、密猟はなくならない。日本はなぜ、いつまでも象牙を使い続けるのだろう」と首をかしげる。

 ▽貴重な財産

アフリカ南部ザンビアのカフエ国立公園で、銃を肩にパトロールするレンジャー=2018年8月(共同)
アフリカ南部ザンビアのカフエ国立公園で、銃を肩にパトロールするレンジャー=2018年8月(共同)

 貧弱な装備と武器で、組織化された密猟グループと戦うことには常に命の危険を伴う。14年には別の国立公園でレンジャー部隊の幹部が密猟者に銃で撃たれて命を落としたことが大きなニュースになった。
 ムサダにも、発砲された経験がある。「銃弾は顔のすぐ近くをかすめて外れたけど、少しずれていたら危なかった。命を落とした同僚は何人もいるし、大けがをした者もいる」
 それでもレンジャーが天職だ、と言うムサダ。「まだ多くのゾウがいるザンビアの自然には計り知れない価値がある。アフリカゾウがいなくなったら、ザンビアは本当のザンビアではなくなってしまう」と話す。
 太陽が傾きかけたSAPUのキャンプで別れ際にムサダはこう言った。「日本でまだ、象牙を合法的に売っているとは知らなかった。僕がそれを知らないように、日本の人々も本当のアフリカゾウのことを知らないんだろう。ぜひ、野生のゾウを見にここに足を運んでほしい」(敬称略、文・井田徹治、写真・中野智明)

取材後記

最も危険な仕事

ザンビア
 

発展途上国の国立公園と、そこにいる野生生物を守るレンジャーは、世界で最も危険な仕事の一つとも言われる。野生生物の違法取引には組織化された犯罪集団が関与することが多い。使われる武器は強力な上、資金も潤沢で、多くの場合、レンジャーの力は足元にも及ばない。せっかく犯人を逮捕しても罪に問われないことが多く、逆に仕返しにおびえることになる。
 象牙に限らず、ペットや水産物、木材製品など日本国内には途上国で絶滅の危機に立つ生物やその製品が多く出回っている。間違っても途上国のレンジャーの命を脅かして得られたものに手を出してはいけないのだが、それを防ぐ日本の法制度にも、消費者の意識にも多くの問題があるのが実情だ。

 

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