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76億人の海図

東西の冷戦終結から2019年で30年。国連によれば、76億を超える人々が地球上に暮らす。テロや自国優先主義の拡大、そして地球環境問題の深刻化・・・。国際秩序が大きく揺らぎ、世界が不安定化する中、自らのよりどころとなるものを求めて行動を始めた人々がいる。新たな海図を描こうと試みる姿を世界各地に追った。

今も続く差別との闘い 「移民に寛容な国」の裏で カナダ

2019.9.17 19:42 共同通信

 2018年11月11日。第1次大戦終結から100年に当たるこの日、カナダ西部バンクーバー市内の公園にある慰霊碑の前にひとりの日系3世がぬかずいていた。
 「毎年ここへ来るのが誇りなんだ」。デビッド・ミツイ(64)の祖父、三井真春美(みつい・ますみ)は大戦時、カナダ軍義勇兵としてフランス戦線などの激戦地で戦った。日本人移民の追悼式典では薄日が差す中、300人以上の参列者が次々に黙とうし、献花。彼らの功績とともに日系人の苦難に思いをはせた。
 国民の6人に1人は外国生まれとされ、多文化主義を掲げるカナダだが、日系人が厳しい差別を克服し、自らのアイデンティティーを回復するまでには多くの犠牲と長い時間を要した。そして今また「移民に寛容」で知られるこの国は、新たな問題に直面している。

2018年11月、カナダ・バンクーバーで開かれた日本人義勇兵追悼式典に参列した日系3世のデビッド・ミツイ(中央)。第1次大戦時にカナダ軍義勇兵として激戦地に出兵した祖父三井真春美らに思いをはせた(共同)
2018年11月、カナダ・バンクーバーで開かれた日本人義勇兵追悼式典に参列した日系3世のデビッド・ミツイ(中央)。第1次大戦時にカナダ軍義勇兵として激戦地に出兵した祖父三井真春美らに思いをはせた(共同)

 ▽敵性外国人
 カナダへの日本人移民はブリティッシュ・コロンビア(BC)州を中心に19世紀後半から増加した。福岡県・小倉で生まれた三井は軍人になる夢がついえ、20歳のころ太平洋を渡った。日本人や中国人は排斥運動の標的で、選挙権も認められていない時代だ。そんな最中、大戦が始まった。

 

 忠誠心を示すことで選挙権を勝ち取りたい―。義勇兵に志願した28歳の三井ら日本人220人以上が出兵。カナダ軍が勝利を収めたフランス・ビミーリッジの戦いなどで54人が戦死した。「祖父は戦場での経験は一切語らなかった。思い出したくないほどつらかったんだろう」。ミツイは亡き祖父の気持ちを推し量る。
 戦場での統率力が評価され勲章をもらった三井は戦後、仲間とともに選挙権獲得の活動に奔走。1931年、元兵士に限り選挙権が認められた。
 10年後に太平洋戦争が勃発。日系人・日本人約2万2千人が「敵性外国人」として強制収容され、財産も没収された。三井も例外ではなかった。
 「でも慰霊碑は残り続けた。だから日系人は今もあの場所でひとつになれる」と式典の委員長リンダ・カワモト・リード(67)。式典参加者は年々増加しているという。

 ▽カウンターデモ
 BC州で2017年8月、多様性を重んじる土地柄を象徴する出来事が起きた。反移民団体によるバンクーバーでのデモを知った市民が、これに対抗する「カウンターデモ」を展開。数千人の市民らが一帯を埋め尽くし、計画を頓挫させたのだ。
 参加者の中に「難民を歓迎します」と英語とアラビア語で書いたボードを掲げたモハメド・アルサレ(30)もいた。彼は「とても美しい光景だったよ」と、この日のデモを誇らしげに振り返る。
 反体制デモの様子を動画サイトに流したとしてシリア当局に3度逮捕され、過酷な拷問も経験。難民として14年11月にBC州に来た。カナダでは講演などで自らの経験を伝える傍ら、移住者の支援や情報を提供してきた。カナダ国籍を取得、母や弟、妹ら5人も難民認定を受けて今はバンクーバー近郊で共に暮らす。
 移民に強硬策を取るトランプ米政権とは対照的に、トルドー政権は積極的に移民・難民を受け入れ、6万人近いシリア難民が定住。その4割以上を民間団体が担うなど草の根レベルの意識も高く、個人が受け入れにかかる費用を出し合う制度もある。BC州は約5千人を受け入れてきた。
 アルサレは「カナダが私の命を救い、人生を変えた」と感慨深く語る。

2018年11月、カナダ・バンクーバーで開かれた日本人義勇兵の追悼式典で、慰霊碑に手を合わせる参列者ら(共同)
2018年11月、カナダ・バンクーバーで開かれた日本人義勇兵の追悼式典で、慰霊碑に手を合わせる参列者ら(共同)

▽あつれき
 多民族共生の理念で市民は連帯する。だがミツイらには気掛かりな動向がある。一部の中華系移民が12月13日を「南京大虐殺記念日」として制定を求める運動を国レベルで展開していることだ。

 東バンクーバー選挙区の国会議員ジェニー・クワン(53)は「多くの人に虐殺を知ってもらい、再発防止につなげたい」と力説する。18年春から署名活動も起きた。
 BC州の中華系住民は約51万人と“最大勢力”。バンクーバーに隣接するリッチモンドでは中国語の看板が林立し耳に入るのは中国語ばかり、違う国にいるようだ。
 一方、日系2世らは「虐殺はカナダとは無関係。日系人への風当たりが強まり、移民社会に不和を生む」と反対する団体を結成。議員に手紙を送るなどして理解を求める。
 しかし、一部の日系人は記念日制定に賛成しているほか、「仕事に差し障る」として距離を置いたり無関心だったりする日系人も多いという。
 同じ「カナダ人」にも自らのアイデンティティーを求めるが故のあつれきが生じている。反移民を主張する政治家や団体が存在感を増し、移民社会の進展が新たな争いの種を生む可能性もある。
 「先人が苦難の歴史を歩んできただけに、私たち日系カナダ人は人種差別を繰り返させてはならないし、闘わないといけない」。ミツイは使命にも似た思いを強める。(敬称略、文・中村啓太、写真・高橋邦典)

▽取材後記

連帯感のパワー 

カナダ地図
 

カナダ政府が公式に使う言葉に「ビジブル・マイノリティー」がある。「先住民以外で、白人種でなく、肌の色が白でない人々」が定義だ。最新の国勢調査ではカナダに住む約3500万人のうち770万人を占める。融合が進めばこのような分類はいずれ困難になるだろう。日系人も外見で分かるほどの特徴が全員にあるわけではない。
 追悼式典では「私たちは日系人」という連帯感から生まれるパワーを感じた。方向を間違えれば排他や孤立につながりかねないが、ルーツを意識した民族のアイデンティティーはいい意味で維持されてほしい。移民や難民を受け入れる側も認識しておくべき側面だろう。

 

 

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