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南極を喰らふ

日本から1万4千キロも離れた南極で観測隊員は一体何を食べているのだろう。11月しらせで出発した観測隊に共同通信の澤野林太郎記者が同行。南極料理人が作る南極料理を紹介しながら南極生活の裏話をお伝えします。

3月15日(126日目:あと4日)「隊員に聞く⑦」初航海、氷との闘い見守る 新しらせ建造の総責任者

2010.3.15 12:23
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昭和基地沖に接岸したしらせと佃さん
昭和基地沖に接岸したしらせと佃さん

 初めて分厚い氷に対峙(たいじ)した日は、一日中艦橋に立ちっぱなしだった―。昭和基地からの帰途にある新造の南極観測船「しらせ」。建造のプロジェクト責任者、佃洋孝さん(53)=ユニバーサル造船、鹿児島市出身=は、昨年11月に東京港を出港した時からしらせに乗り込み、航海を見守ってきた。
 昨年12月末、昭和基地まであと約50キロに迫った南極海で、しらせは3メートル近い厚さの氷と雪に行く手を阻まれていた。
 後進してから氷に突っ込む「ラミング」を繰り返しても、例年の倍の厚さに達した氷は割れない。船体を小刻みに震わせるしらせ。「頑張れ、頑張れ」。艦橋で佃さんはこぶしを握り締めた。
 新観測船の建造に10年間携わってきた。最後の4年間は住まいの神奈川県厚木市から、京都府舞鶴市の造船所に単身赴任して船を完成させた。
 「先代しらせより厚い氷を割れる船を造る」。同僚の山内豊さん(51)=津市=と設計図を何度も書き換え、模型を作っては試験を重ねた。
 海水を噴出して氷を割りやすくする装置を船首に設置。氷で傷ついてもさびないよう船体をステンレス製にし、船底の形も変えて氷をはけやすくした。やれることはすべてやったつもりだった。
 しかし、今回の南極の氷は予想を超えていた。
 「ラミングの速度を上げられないか」。しらせの小梅三津男艦長が聞いてきた。設計上、しらせが衝突に耐えられるのは9ノット(時速17キロ)まで。佃さんと山内さんはラミング時の船体のひずみ
計を見つめて言った。「大丈夫。11ノット(同20キロ)までなら耐えられる」
 文字通り難航の末、今年1月10日、6日遅れで昭和基地沖に接岸。氷上に降り立った佃さんは、オレンジ色の塗料がはがれ落ちた船首付近を初めて見た。「よくやった。おまえでなければ接岸できなかっただろう」
 試練を乗り越え、あと1カ月ほどで初航海は終わる。「しらせは最初に嫁いだ3人目の娘だ」。長女、次女の父は、もう一人の〝末娘〟に目を細めた。
 シドニーまであと約200マイル。明日16日朝にはシドニー港外に到着の予定。この日はまだ入港できずに港外で仮泊となる。そして17日にはいよいよ文明圏に上陸である。何食べよっかな。

澤野林太郎

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