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壁の向こうへ

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年。分断の後に訪れたグローバル化は多くの人に豊かさをもたらした。だが、その裏で今、環境破壊が進み、巨大な貧富の差や差別が生まれている。一方で新たに生まれた「壁」に挑み、それを打ち破ろうとする人々がいる。2015年には「「誰一人取り残さない」を理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。大きな壁に挑む人々の姿を世界各地に追った。

天国と地獄は紙一重 砂漠の国境が分ける勝敗 メキシコ・アメリカ

2019.4.5 23:07 共同通信

 低木の砂漠は冬でも暑い。地平線の向こうへ続く鉄柵の間を砂ぼこりが吹き抜ける。米南部アリゾナ州のメキシコ国境地帯。国境警備隊のカメラやレーダーの網が縦横に張り巡らされ、上空からはドローンもにらみを利かせる。柵を南から北へ乗り越えれば、その姿は延々と捕捉され続ける。
 ▽一獲千金の夢
 「4人越えたぞ」「バッグを背負って歩いている」。車内に無線が響くと、大地をぼんやり眺めていた警備隊員の目が光った。起伏の激しい砂漠を白と緑色の4WDで急行。程なく「男4人を拘束」と無線が入った。

米アリゾナ州ササビーのメキシコ国境地帯で、拘束した不法移民らと話す国境警備隊員ダニエル・ヘルナンデズ(右)。隊員の約半数がヒスパニック系米国人で、流ちょうなスペイン語を話す人が多いという=10月(共同)
米アリゾナ州ササビーのメキシコ国境地帯で、拘束した不法移民らと話す国境警備隊員ダニエル・ヘルナンデズ(右)。隊員の約半数がヒスパニック系米国人で、流ちょうなスペイン語を話す人が多いという=10月(共同)

 「捕まったのは初めてか」。隊員のダニエル・ヘルナンデズ(37)が完璧なスペイン語で尋ねる。「シ(はい)」。「どこから来た」「グアテマラ」「壁を越えたばかりか」「シ」。「何歳だ」「22」。3人は新品の迷彩柄バックパックを持ち、中には新しい携帯電話と衣服や薬。大きな水筒をくくりつけ、迷彩柄の靴カバーを履いていた。
 「密航業者が用意した“越境キット”だ」とヘルナンデズ。スペイン語しか話さない3人が不法移民、軽装で英語を話すメキシコ人が密航業者だという。「いくら払ったの?」。3人に尋ねると「業者の前では言わないだろう。後で私たちが収容施設で尋問する」と別の隊員に制された。
 米国のどこに連れて行ってもらうかで4千~1万ドル(約45万~113万円)と相場は変わる。祖国で何年も暮らせる金を親戚中からかき集め、一獲千金を夢見て冒した危険。夢が一瞬で消え、意気消沈する3人を見るとやるせない気持ちになる。
 ヘルナンデズはメキシコ移民2世だ。就労ビザを得て中西部ミネソタ州に移住した両親の下、家族で初めて米国で生まれた。二つの文化を理解し、二つの言葉を操る。「米国人として正しい仕事」との自負がある8年間の隊員生活で「捕まえた不法移民は数え切れない」が「富を求めて挑戦する同胞に感情移入することもある」と率直だ。
 移民に厳しいトランプ政権下で相次ぐ強制送還。一方、同じような名前や容姿を持ち、同じ言葉を使いながら、米市民権があるというだけで豊かな暮らしを享受する人も多い。壁が隔てる天国と地獄。「勝ち組」と「負け組」の差は紙一重だ。
 ▽越境通勤

 「金はいくらでも払う。早く釈放させないと命はないぞ」。メキシコで弁護士をしていたエルネスト・バレラス(38)は15年ほど前、接見した麻薬組織幹部に脅迫された。言われるがままに組織員から受け取った賄賂を300万ドルばらまいたが、1カ月過ぎても釈放命令が出ない。ある日、帰宅すると自室前に紙袋が置かれていた。中身は首を落とされたハトの死骸。心身が凍った。
 さらに賄賂を渡し、幹部は2カ月後に釈放。今度は4千ドル入りの袋が置かれていた。年収に匹敵する“成功報酬”だった。麻薬組織が政財界、警察、司法を牛耳るメキシコ。うまく立ち回れば汚れた金でたちまち豊かになれるが、失敗すれば命の保証はない。「もう弁護士はこりごりだ」
 父親が米国で就労し、幼少期に市民権を得ていたバレラスは転職を決意。「米国の日給はメキシコの週給と同じだ」。以来、毎日越境通勤してアリゾナ州のノガレスで窓ガラス工として肉体労働の日々。熟練工の域に達し、独立に向け金を蓄え続ける。
 33歳にしてメキシコ側のノガレスに100万ペソ(約600万円)の新築住宅を即金で買うこともできた。風のうわさで組織幹部は抗争で銃殺されたと聞いた。妻子も米国市民の家族として米永住権を取得。頻繁に家族旅行や外食を楽しむ「優雅な暮らしに満足している」と幸せそうに笑う。

 米アリゾナ州ノガレスで、国境フェンス沿いを息子と散歩するエルネスト・バレラス。不法移民や麻薬取引を警戒する警察や国境警備隊の車がひっきりなしに行き交っていた=10月(共同)
 米アリゾナ州ノガレスで、国境フェンス沿いを息子と散歩するエルネスト・バレラス。不法移民や麻薬取引を警戒する警察や国境警備隊の車がひっきりなしに行き交っていた=10月(共同)

 ▽隙間の憧れ
 国境の南には常に人と車の長蛇の列が連なっている。同じノガレスの名を持つ二つの町を高さ10メートル近い鉄柵が分断。米市民権や永住権を持つ人々が入国管理官に在留カードやパスポートを示し列はゆっくり進む。バレラスも厳格な審査を毎日受けて通勤する一人だ。朝には1時間以上並んだ人々もメキシコに戻るのは一瞬。回転ドアを一つ通ればいいだけだ。
 国境沿いの町には入国資格を持たないみすぼらしい不法移民予備軍がたむろしている。隙を見計らって壁を乗り越え、川を渡る。密航業者が掘った地下トンネルを通る密航者も後を絶たない。トランプ政権がいくら厳格でも、2017年に合法、違法を問わず米国に入国した移民は過去最多の約175万人に達した。
 入国資格を持たぬ貧しい人々には、柵の隙間から見える北側は憧れの天国だ。「捕まっても強制送還されるだけ。人生を懸けたい気持ちは分かる」。勝ち組のヘルナンデズとバレラスがつぶやいた全く同じ言葉が耳にまとわりついた。(敬称略、文と写真・遠藤幹宜)

取材後記

国境の町は薬局だらけ 

 国境を渡るのはメキシコ人ばかりではない。悪名高い米国の高額医療を避け、メキシコに足しげく通う米国人が引きも切らない。国境の町は薬局と病院だらけだ。食事の安さも魅力で米国人目当ての飲食店が並び、怪しい英語の客引きに白人客が笑い声を上げる。
 観光ビザで不法就労後に米市民権を得たバレラスの父イスマエル(64)は米側に住み保険に加入しているが、胃カメラ検査を受けたら自己負担額は2千ドル(約22万円)だった。メキシコでは無保険でも4分の1で済んだといい「二度と米国で医者に行かない」と笑う。
 米国に戻る入国審査の長蛇の列で、薬の入った袋を手に気長に待つ人々を眺めていると、米国の目の飛び出るような医療費を表向きの理由に通院を避けていた、欠けた奥歯が急に痛み始めた。(敬称略、遠藤幹宜)

SDGsの第10目標 人や国の不平等をなくそうメキシコ・アメリカ

 

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