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壁の向こうへ

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年。分断の後に訪れたグローバル化は多くの人に豊かさをもたらした。だが、その裏で今、環境破壊が進み、巨大な貧富の差や差別が生まれている。一方で新たに生まれた「壁」に挑み、それを打ち破ろうとする人々がいる。2015年には「「誰一人取り残さない」を理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。大きな壁に挑む人々の姿を世界各地に追った。

森を壊さぬゴムを世界に  小農家と保護団体の挑戦 ミャンマー

2019.4.5 23:00 共同通信

 木漏れ日とはいえ乾期の熱帯の日差しは強烈で、すぐに汗ばむ。ミャンマー南部の都市ダウェーから東に約60キロ、森の中を抜ける未舗装の急な坂を上った先の平地の村に、ゴムの木が整然と植えられた農園があった。
 竹を渡しただけの棚に掛けられたシートから、ゴムの臭いが漂ってくる。木には一本一本、小刀で傷が付けられ、樹液を受け止める黒い小皿がくくりつけられている。
 「天然ゴムの値段はずっと低いまま。仲買人の言い値で売るしかない」「質のいい製品を作っても値段が変わるわけじゃない」。ゴム園の片隅に集まった農園主や労働者が、口々に不満を漏らす。この地に暮らす少数民族カレンの人々だ。
 農園に入るのは午前1時ごろ。4時くらいまでかけて多いときには500本以上の木に傷を付け、朝食後に樹液を集めて回る。その仕事は厳しく、小規模農園で働く人々の暮らしは貧しい。
 地元の専門家は「天然ゴムの価格が高騰していた10年くらい前に多くの人が木を植えたが、ゴムが取れるようになる前の2011年に国際価格が大暴落して低迷したまま。彼らは国際価格に翻弄(ほんろう)されたんだ」と語る。
 ▽トラのいる森
 この周辺はゴム農園開発の中心地の一つであるとともに、貴重な自然が残る場所でもある。
 「他ではほとんどなくなった天然の森が残り、多くのトラを含め8種類ものネコ科の動物が生息する。東南アジアで他にこんな場所はない。ミャンマーを含めたインドシナ半島の自然保護にとって最も重要な地域だ」と、世界自然保護基金(WWF)ミャンマーのタン・ミン・スウェ(35)が森を見渡す高台に立って言う。眼下には、ゴム農園や道路と天然林が織りなすモザイク模様が広がる。
 「ゴムの単一栽培農地が広がれば、残された森はたちまちなくなってしまう」
 政府による国立公園設置計画などもあるが、この地域は、少し前まで政府と武装闘争を続けていたカレン民族同盟(KNU)の支配地であるだけに、保護は十分でない。大資本によるゴム農園開発も進む。自然の森は、虫に食われる木の葉のように減っていった。
 タン・ミン・スウェらは、3年ほど前から地方政府やKNUと協定を結び、保護と開発を両立させるための土地利用計画づくりに取り組む。同時に森林破壊につながらないゴム栽培の実現を目指す「持続可能な天然ゴムプロジェクト」を始め、零細農園主やそこで働く人々にも参加を呼び掛けた。
 ▽地元の工場
 「ここで作られるゴムシートは85%が最高の等級だ。農家からは通常より少し高値で買い取っており、価格は入り口に表示している。女性の雇用も進めているし、排水処理にも金をかける」

乾燥中のゴムシートが並ぶ加工工場で、環境破壊や人権侵害と無縁なゴム生産の大切さを訴えるユー・セイン=10月、ミャンマー・ダウェー郊外(共同)
乾燥中のゴムシートが並ぶ加工工場で、環境破壊や人権侵害と無縁なゴム生産の大切さを訴えるユー・セイン=10月、ミャンマー・ダウェー郊外(共同)

 ダウェー郊外にできたばかりのゴム加工工場で、農家から運び込まれたゴムの樹液のタンクを前に、ずらりと並んだ乾燥中のゴムのシートを示しながらユー・セイン(59)が流ちょうな英語と、大きな身ぶりで語り始めた。
 彼は、プロジェクトに参加するために22人の農園主らが約3億円相当を共同出資して建設したこの工場の社長だ。タン・ミン・スウェらが期待を寄せる地元業界のリーダーの一人でもある。
 東南アジア各地で進んだゴム農園開発が森林破壊の一因となり、児童労働や労働者の搾取も横行しているとの指摘を逆手に取り、ユー・セインやタン・ミン・スウェは環境や人権に配慮した天然ゴムを作り、国際市場に打って出ることを夢見る。ユー・セインの工場は「森林を破壊せずにゴムを生産する」との宣言にも署名した。
 「ミャンマーのゴムは質が悪い安物だとのイメージを覆したい。製品のもとになった樹液の生産者までさかのぼれる仕組み(トレーサビリティー)をつくり、持続可能な天然ゴムを供給する。提案や示唆があったら何でも言ってくれ。受け入れるから」。現地視察に訪れたブリヂストンやミシュランなど大手タイヤメーカーの担当者に、ユー・セインはこうアピールした。
 ▽買い手探し
 だが、遠隔地の小農園から樹液を工場まで運ぶことは難しく、シートを安定して生産することも容易ではない。良質で環境保全に配慮したゴムを作っても、今のところ国際市場の買い手がないことが最大の問題だ。それでも英政府の援助で小農家からの樹液を集めるセンター8カ所の建設が始まるなど、事業は徐々に進み始めた。

 ゴムの木が整然と植えられた農園で、一本一本、小刀で傷を付け、樹液を集めて回る労働者。厳しい仕事が続く=10月、ミャンマー・ダウェー郊外(共同)
 ゴムの木が整然と植えられた農園で、一本一本、小刀で傷を付け、樹液を集めて回る労働者。厳しい仕事が続く=10月、ミャンマー・ダウェー郊外(共同)

 「貧しいゴム農家の収益を上げなければ貧困も森林破壊もなくならない。いい買い手を早急に見つけなければ」とタン・ミン・スウェ。
 ユー・セインが「国際市場の壁は高いが、理解は深まっている。うち以外にも環境に配慮した工場が生まれているし、われわれのやっていることは間違ってはいない」と続けた。(敬称略)

取材後記

大企業の責任 

 東南アジアの農村部を歩くとゴムのプランテーションが急拡大しているのを実感する。子どもが仕事をしている姿に出くわすことも少なくない。ゴムの樹液から作られる天然ゴムの70%はタイヤに使われるのだから、日本など先進国の便利な暮らしとアジアの森林破壊や人権侵害とはつながっている。
 野生生物だけでなく住民にとっても重要な森林を破壊するプランテーションはアブラヤシやコショウなど天然ゴムに限らない。製品のトレーサビリティーを確保し、環境破壊や人権侵害のない責任ある原料調達を大企業が実現すれば、ユー・セインらの努力は報われるはずだ。(敬称略)

SDGsの第15目標 陸の豊かさを守ろう
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