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壁の向こうへ

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年。分断の後に訪れたグローバル化は多くの人に豊かさをもたらした。だが、その裏で今、環境破壊が進み、巨大な貧富の差や差別が生まれている。一方で新たに生まれた「壁」に挑み、それを打ち破ろうとする人々がいる。2015年には「「誰一人取り残さない」を理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。大きな壁に挑む人々の姿を世界各地に追った。

誰にとっても優しい社会を 高齢化乗り切る知恵求め カナダ

2019.4.5 22:53 共同通信

 島の澄んだ空が、穏やかな海を越えて本土の山並みに続いている。午後の休み時間、子どもたちが遊ぶ小学校の校庭の横で、70代、80代の「若い」シニア(年長者)たちが、車から降りる90代のシニアたちの手を取り、笑顔の輪が広がった。
 障害などで外出機会の少ない人が参加する「また、お出掛けしましょう」の日。おしゃべりをしたりゲームをしたり、小旅行に行くこともある。
 「家族のこととか話すのよ。すごく楽しみ」。カナダ中西部で育ち、西海岸のブリティッシュコロンビア州にあるバンクーバー島の自宅に1人で暮らすルース・ワトソン(96)はスロープを上り、小学校の玄関から隣の施設へ。手書きの「自伝」を知人の女性に渡し、驚く相手に満足そうな表情を浮かべた。
 ▽雑貨屋の記憶
 島の南東部、サーニッチ半島にあるコルドバベイ小学校に2006年、シニアの活動拠点となる施設ができた。前例のない事業を実現させたのはシニア自身の力だ。

 コルドバベイ55プラス協会で料理を教わる小学生たち。スポーツや読書の交流もあり、子どもたちと会員の双方にとって有意義な時間となっている=11月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州サーニッチ(共同)
 コルドバベイ55プラス協会で料理を教わる小学生たち。スポーツや読書の交流もあり、子どもたちと会員の双方にとって有意義な時間となっている=11月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州サーニッチ(共同)

 バスの便が悪く、車がなければ自治体の提供するスポーツや芸術のプログラムに参加するのは難しい。1999年、当時70代後半だったアイネズ・コール(2014年死去)が地域住民に施設建設を呼び掛けたことで、具体化の話が動きだす。
 「シニアの女性たちは雑貨屋に来て、何を買うでもなく、うろうろしていた。社会とのつながりを求めていたのね」。コールの呼び掛けに最初に応じたグウェン・マクファーソン(86)は当時をそう振り返った。
 サーニッチの行政当局と話し合う中で、児童数減少が続く小学校の空き教室を使う案が浮上。反対する一部の保護者を説得し、建設のための募金に取り組んだ。
 施設運営に当たるコルドバベイ55プラス協会を04年に設立。当初30人ほどの会員は現在約670人と児童数の約2倍に。09年には増築され、スポーツ、合唱、芸術など30余りのプログラムと季節の行事で連日にぎわう。
 子どもたちに算数を教え、読書、料理を一緒に楽しむといった交流も。「会員の方たちはいろんな側面から私たちを助けてくれる。いくつになっても趣味を楽しめるんだということも、子どもたちは学んでいます」と校長のメアリー・リン・ヘロン(48)。
 ▽消防も警察も
 発展途上国も含め世界中で高齢化が進む。世界保健機関(WHO)は60歳以上の割合が15年の12%から50年には22%と予測。年を取っても自分の力を生かして暮らせる社会をどうつくるかが大きな課題となっている。
 カナダでは65歳以上の割合(高齢化率)が36年までに最大25%に。コルドバベイのある人口約11万人のサーニッチは州都ビクトリアに隣接するベッドタウンで、高齢化率は16年に21%、36年までに今の日本並みの28%となる見通し。行政当局は04年以降、消防や警察も含む幅広い態勢で、多面的な高齢化対策を進めてきた。
 日常生活や健康維持に必要な歩きやすい歩道の整備。賃貸住宅は将来バリアフリー化が可能な構造にするよう建設業者に促す。4カ所のレクリエーションセンターなどで提供するプログラムに収入が少ない人も参加できるよう支援する。消防署員が家庭を訪ねて煙感知器を点検し転倒予防のための指導もする。
 そうした施策や活動に着目したWHOの求めで「高齢者に優しい都市」の指針作りに参加。指針を軸に対策に取り組む自治体の国際ネットワークが10年に生まれ、情報交換の場となっている。
 ▽人とつながる
 「じっとしてないで動け」「この部屋の平均年齢は92歳だぞ」。朝8時半、コルドバベイの施設で始まる「男のフィットネス」。デーブ・ドカティ(76)のおどけた調子に、丸々1時間も体を動かし続ける男たちの苦しげな表情が緩む。

 コルドバベイ55プラス協会の「男のフィットネス」。笑いを交えながらも真剣な運動に汗を流す=10月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州サーニッチ(共同)
 コルドバベイ55プラス協会の「男のフィットネス」。笑いを交えながらも真剣な運動に汗を流す=10月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州サーニッチ(共同)

 ドカティは地元ビクトリア大の名誉教授。健康科学を研究し教えてきた経験を生かし週2回、男性会員に体操を教え、共に汗を流す。「夫は新聞を読むかパソコンをいじるかで、外に連れ出せない」とある女性に相談を受けたのがきっかけだ。
 10年前に入会し、会長を4年間務めた。「人は長生きできるようになったけれど、ずっと健康とは限らない。社会とのつながりを失うこともある。何らかの理由で参加できない人をどうやって呼び込むかが課題だ」
 地元議員になって25年、高齢化対策を主導してきたジュディ・ブラウノフ(67)も「本当に心配なのは社会的孤立」と話す。孤立したシニアを社会とつなぐ試験的プロジェクトを近く始める。
 「対策には実は大したお金はいらない。孤立しそうな人がいたら、その人の尊厳を大事にし、他人とつながれるよう周囲ができるだけのことをする。シニアに優しい社会をつくることは、誰にとっても優しいコミュニティーを築くことなんです」(文・辻村達哉、写真・高橋邦典、敬称略)

取材後記
風通しの良い世界 

 「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の3番目の目標だ。カナダでは、その達成につながる試みが始まっている。
 1人暮らしのシニアの家に大学生を無料か安い家賃で住まわせるプロジェクト。女性に比べ社交性に乏しい退職男性が集まる場所をつくり、木工やバイク修理、料理を楽しむ「SHEDS(シェッズ=小屋の意)」。「高齢者に優しい大学」。
 サーニッチの高齢化対策は昨年改定され、体力や認知機能の変化に対応するきめ細かなプログラムの提供、シニア向けボランティア活動の場の創出を打ち出すなど進化を続ける。目指すのは理不尽な壁がない、風通しの良い世界だ。(辻村達哉)

 

SDGsの第3目標 すべての人に健康と福祉をカナダ・ブリティッシュコロンビア州

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