×
メニュー 閉じる メニュー
国際

国際

壁の向こうへ

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年。分断の後に訪れたグローバル化は多くの人に豊かさをもたらした。だが、その裏で今、環境破壊が進み、巨大な貧富の差や差別が生まれている。一方で新たに生まれた「壁」に挑み、それを打ち破ろうとする人々がいる。2015年には「「誰一人取り残さない」を理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。大きな壁に挑む人々の姿を世界各地に追った。

地元へニュース届け続ける  ある地方紙の挑戦 アメリカ

2019.4.5 22:38 共同通信

 米南部ノースカロライナ州中部のローリー・ダーラム空港から北東へ車を2時間ちょっと走らせると、一帯は綿花や大豆畑に覆われた。同州ハートフォード郡アホスキー町は人口約5千人。中心部も閑散としており、町で数少ないホテルの周辺にはレストラン1軒見当たらない。
 電話をかけようとしたら、携帯電話の通信が途絶えていた。「ここでは大手携帯電話会社の電波がほとんど通じないの」。ホテルまで迎えに来てくれた地元新聞社、ザ・ロアノケ・チョワン・ニュース・ヘラルド紙の女性記者ホーリー・テイラー(28)が事情を説明してくれた。
 ▽発行日減らす
 ロアノケ紙は10月中旬から印刷や配達のコスト削減のため、週3回発行を2回に減らさざるを得なくなった。だが、編集長カル・ブライアント(62)は悲観していない。「新聞を出し続けるための決断だ」。前身から100年を超える伝統を守り、地域に必要なニュースを提供していく決意に揺らぎはない。

 役目を終えた印刷機を前に、ロアノケ紙の将来を語る編集長カル・ブライアント=10月、米ノースカロライナ州ハートフォード郡(共同)
 役目を終えた印刷機を前に、ロアノケ紙の将来を語る編集長カル・ブライアント=10月、米ノースカロライナ州ハートフォード郡(共同)

 ブライアントは地元の大学卒業後、複数の新聞社でカメラマン、運動記者として勤務。2005年、ロアノケ紙の編集長に就任した。
 とはいえ、他の記者はわずか3人の小所帯。編集長自らが取材し写真を撮り、記事も書く。訃報と事件・事故はもっぱらブライアントの担当だ。編集長室には2台の無線機が。警察無線を常に傍受、帰宅時には持ち帰り、事件発生となればすぐに地元警察に電話する。
 ここ10年ほど、夏休みなど長期休暇は取っていない。趣味や他に楽しみはないのかと尋ねるとおどけてこう答えた。「新聞をつくるのが大好きなんだ。ロアノケ紙はもう一人の妻みたいなもので、妻のデボラも了解済みさ」
 テイラーは昨年3月、農業関連会社から記者に転身したばかりだが、ロアノケ紙で新米扱いする余裕はない。ハートフォードや周辺3郡の委員会や議会、学校、教会の行事を取材するなど大車輪の働きだ。「予算審議は長くて大変。でも毎日が勉強になっている」
 オピニオン欄も任され、最近では女性がアメリカンフットボールをテレビで中継した話題を取り上げ「男性支配が崩れるのは良いこと。でもまだ不十分だ」と女性の社会進出を訴えた。
 ▽読者が一番
 米国では新聞が急速に姿を消している。ノースカロライナ大の調査では04年以降、全米で約1800の新聞が廃刊か合併に追い込まれた。特に5千部以下の地方・地域紙がインターネットの普及や新聞離れの逆風をもろに受けている。
 地元紙を失った地域の有権者は自治体行政への関心が薄くなり、選挙の投票率が低下するなど地方民主主義に対する影響は深刻だ。
 ブライアントは新聞を読んでもらう回数を減らす分、取材にじっくり時間をかけ、紙面を充実させることで読者の理解を得るつもりだ。
 ただ、葛藤がなかったわけではない。地元有力者で州議会下院民主党議員のハワード・ハンター(48)に事前に電話で相談した。ハンターは「読者はロアノケ紙を信頼している。心配するな」と背中を押してくれた。
 編集、広告、営業を一手に担うオフィスに隣接する倉庫には役目を終えた巨大な印刷機が眠っていた。8月まではフル稼働で新聞を刷っていたが、効率化のため、隣のバージニア州の会社に印刷を委託した。

 米ノースカロライナ州ハートフォード郡にあるロアノケ紙のオフィス。直接買いに来る住民らのために、受付には新聞の束が積まれている=10月(共同)
 米ノースカロライナ州ハートフォード郡にあるロアノケ紙のオフィス。直接買いに来る住民らのために、受付には新聞の束が積まれている=10月(共同)

 ブライアントは「新聞が刷り上がる様子を見られないのは寂しいが仕方がない。読者が一番だから」と語った。25年前から値上げしていない50セント(約56円)は今後も維持していく。
 ▽超党派で連帯
 フェイクニュースの時代、メディアに対する世間の目は一段と厳しさを増している。新聞は読者の信頼をどうやったら維持できるのか。
 ブライアントは最近のメディアが左右両派に色分けされ過ぎていると懸念する。「CNNテレビとFOXニュースなど対立がはっきりしすぎだ。みんな戸惑っている」
 ロアノケ紙のオピニオン欄は政治的には保守的なブライアント、黒人でリベラルのジーン・モトリー(67)、中道のテイラーと3人の書き分けでバランスを取っている。
 共和党州幹部ながらハンターの長年の友人だという男性も「ロアノケ紙があるから党派に関係なく、共通の問題では連帯できるんだ」と力説する。
 「変化は強さを表す。弱さではない」―。ブライアントは週2回発行に減らすことを知らせる記事の見出しをこうつけた。地元が一体となって新聞の火をともし続ける挑戦が続いている。(敬称略、文・木下英臣、写真・川尻千晶)

取材後記
党より地元優先 

 ロアノケ紙に取材を申し込んだら、州議会下院の民主党議員ハワード・ハンターと、元共和党支部委員長のゲリー・テリーが一緒にやって来た。政敵同士の和気あいあいぶりにいささか拍子抜けした。
 同州は大統領選激戦州の一つ。2008年はオバマ民主党候補が制したが、再選を果たした12年は取りこぼした。16年はトランプ共和党候補が接戦をものにした。
 ハンターは「意見の違いはあるさ。でも党のためでなく、住民の利益を考えて行動すれば協力できることはいっぱいある」と強調する。テリーもうなずく。トランプ政権下、分断が進んでいる米国。地元優先で党利党略にとらわれない姿勢は激しい中間選挙戦のまっただ中、新鮮に映った。(木下英臣)

 

SDGsの第8目標 気概も経済成長もアメリカ

最新記事

関連記事 一覧へ