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壁の向こうへ

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年。分断の後に訪れたグローバル化は多くの人に豊かさをもたらした。だが、その裏で今、環境破壊が進み、巨大な貧富の差や差別が生まれている。一方で新たに生まれた「壁」に挑み、それを打ち破ろうとする人々がいる。2015年には「「誰一人取り残さない」を理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。大きな壁に挑む人々の姿を世界各地に追った。

基地が去り、汚染が残った がんに苦しむ先住民の島 アメリカ

2019.4.5 22:30 共同通信

 集落の前に広がる海からの風を捉え、海鳥が次々と舞い上がる。陸には背の低い草地が続き、日が差すと、露や霧にぬれた緑が鮮やかさを増す。
 北極圏近くのベーリング海に浮かぶ米アラスカ州・セントローレンス島。自然の恵みに頼り約1500人の先住民が暮らすこの島で、がんで亡くなる人が相次いでいる。
 「両親をがんで亡くした」「夫ががんで入院し、助からなかった」。島にある村の一つサボオンガを訪れると、先住民ユピックの人たちが口々に体験を語ってくれた。原因と疑われているのは軍事基地跡地の汚染と、北半球の各地から大気に乗って集まる有害な化学物質だ。
 ▽約束
 元々がんで死ぬ人が多かったわけではない。70代や80代の住民は「昔は聞いたことがなかった」と口をそろえる。

 アザラシの皮などで自ら作った服を着て、サボオンガの自宅前に立つクリスティーナ・アロワさん。若い世代にこの服の作り方を教えるのが喜びだという=8月、米アラスカ州・セントローレンス島(共同)
 アザラシの皮などで自ら作った服を着て、サボオンガの自宅前に立つクリスティーナ・アロワさん。若い世代にこの服の作り方を教えるのが喜びだという=8月、米アラスカ州・セントローレンス島(共同)

 がんになった人の多くはかつて、村から数十キロ離れた島の東部で暮らしたり狩猟や採集のために滞在したりしていた。先住民組織の代表を務めるデルバート・パンガウィー(59)も暮らした経験があり「自然から食べ物を得られ、とても幸せだった」と振り返る。
 この地域に1952年から軍がレーダー施設などを造って駐屯する。当時は冷戦時代で、敵対するソ連との近さから、島が「戦略的に重要」とみなされたのだ。
 72年に閉鎖されるまでの間、基地は大規模な燃料の流出などで環境汚染を引き起こした。「近くの川の魚や、河口付近のアザラシがいなくなった」とパンガウィー。閉鎖時は設備や機材が打ち捨てられ、後にPCBや重金属、アスベストなどが見つかる。「軍は汚染を残さないという合意書に署名していたのに、守らなかった」

▽PCB
 島の暮らしは自然とともにある。人々は川や海に魚を求め、氷が張る冬の海で海獣を狩る。アザラシの皮は服になり、かつては船を作るのにセイウチの皮を使った。クジラも貴重な栄養源だ。短い夏は野生のベリー摘みの季節になる。
 有害物質はこうした動植物や水を通じ人々に取り込まれた。やがて目立ち始めたのが、がんだ。
 故アニー・アロワが異変を察知したのは、70年代のことだったという。医者がいない島で住民の健康に目を配るのが役目だった。娘のクリスティーナ・アロワ(70)は「母はがんで死ぬ人が出てきたことに気付いた。流産も多くなった」と語る。
 アニーは基地からの有害物質が原因と考え、軍に対応を求めたが相手にされなかった。政府機関にも取り合ってもらえなかった。諦めずに活動を続け、ようやく環境団体の支援を得られるようになった時、基地の閉鎖から25年ほどたっていた。
 環境団体アラスカ・コミュニティー・アクション・オン・トキシックス(ACAT)は2000年代前半から、地元の協力を得て住民の血液検査を進める。幹部のバイ・ワガイー(59)は「PCB濃度は全米平均の4~10倍に上る」と話す。基地があった東部の場所と関わりがある住民は特に濃度が高いという。基地跡地の近くでは、植物や土壌、川の水などからPCBが検出された。

 米アラスカ州・セントローレンス島のサボオンガの海岸。ホッキョククジラの巨大な骨が横たわる。魚、セイウチ、クジラなど、海は食料を供給してくれる「農場」だと長老格の住民たちは話した=8月(共同)
 米アラスカ州・セントローレンス島のサボオンガの海岸。ホッキョククジラの巨大な骨が横たわる。魚、セイウチ、クジラなど、海は食料を供給してくれる「農場」だと長老格の住民たちは話した=8月(共同)

 やがて軍も重い腰を上げ、跡地の除染を進めたが、アニー自身もがんを患い、除染完了を見ることなく1999年に亡くなった。「母は意識を失う直前まで除染を気にしていた。父もがんを患い翌年亡くなった。軍が来る前はがんなんてなかったのに」とクリスティーナは嘆く。
 ▽伝統
 軍は巨費を投じて除染を進め、既に完了したとの立場だ。だが、サボオンガ出身で、自らと両親、兄ががんになったワガイーは「まだ汚染は残っている」と強調する。近年の調査でも、土壌の汚染のほか、川の魚から跡地由来とみられるPCBが検出されている。
 汚染源は基地跡地にとどまらない。ACATによると、熱帯や温帯の都市や工場などから排出された揮発性の化学物質が、地球規模の大気の流れで運ばれ、寒冷な北極圏付近で地表や海面に降り注ぐ現象が知られている。この島でも汚染が進む。豊かな国の便利な暮らしを支える化学物質が、遠く離れた土地に被害をもたらす構図だ。
 それでも島の人々に、伝統的な食べ物を諦める選択肢はない。はるか昔から続く狩猟採集と食生活が、住民のアイデンティティーだからだ。「70~80%の住民は伝統的な食料だけに頼っている。食べる物が私たちを殺している」とワガイー。
 連邦議会上院の委員会が2018年夏、島で初めて公聴会を開くなど、目が向けられてきた。だが、問題の解決は見通せず、子や孫にも影響が出ないかと不安が広がる。「将来の世代を守るためにもすぐに対策を取ってほしい」。住民の切実な願いにどう応えるのか。外の世界の一人一人が問われている。(敬称略、文と写真・樋口明)

取材後記

静かに耐える 

 会う人、会う人が身内をがんで失っていた。自らがんを患った住民もいた。長年悲しみと不安に揺れ、「どうしてこんな目に遭うのか」と問うてきたことだろう。だが取材中、誰一人、理不尽ともいえる苦難に声を荒らげることはなかった。「われわれは静かに耐えてきた」。住民の境遇を示す言葉が胸に重く残る。
 ユピックの人たちは親近感を抱かせる顔立ちだ。「日本人と似ているね」「祖先は一緒かも」と笑い合った。表情が険しくなったのは、日本でも沖縄という小さな島に米軍基地が集中し、汚染があると伝えた時。「健康被害は出ているか」「データをできるだけ集めた方がいい」。鋭さを増したまなざしに、同じ苦しみを味わわせたくないとの思いがにじんでいた。(樋口明)

 

SDGSの第3目標 すべての人に健康と福祉アメリカ・アラスカ

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