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北極を喰らふ

北緯約77度。北極点まで千数百キロのグリーンランドで、日本の北極観測隊と現地イヌイットは何を食べているのか。同行記者がルポする。

氷点下41度の世界(2013年2~3月)

2013.6.15 16:39
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カナダ・レゾリュート沖の海氷上で犬ぞりを走らせる山崎哲秀さん(2013年2月)
カナダ・レゾリュート沖の海氷上で犬ぞりを走らせる山崎哲秀さん(2013年2月)

 これまでの取材の中で一番過酷な取材だった。服は8枚、靴下は3枚ホッカイロを貼り付けた。その上に寝袋とゴアテックスの寝袋カバー。これでも凍えて死ぬかと思った。地吹雪が吹き荒れる中、テントで家族の顔が浮かんだ。「生きて帰れるのだろうか」と本気で思った。北極圏にあるカナダ・レゾリュート。犬ぞり探検家山崎哲秀さんと一緒に犬ぞりで海氷上に出掛けた。
 初めてレゾリュートの空港に降り立つと空気が冷たすぎて息が十分に吸えない。少しずつ吸うがすぐにむせてしまう。冷たい空気が肺にはいると肺の形が何となく分かった。
 翌日も氷点下40度。いきなりテント生活は厳しいので、少し寒さに体を慣らしてから出発することに。人口約200人の町を完全防備で歩くと、頰が痛いを通り越して感覚がなくなった。本当にこんな寒さの中でテント生活ができるのか。不安がよぎる。
 出発の日。ホテルのオーナーが厚手のオーバーを貸してくれた。靴は日本で買った氷点下60度まで耐えられるという長靴。目出し帽の上にさらに帽子をかぶり、その上からオーバーに付いた帽子を被った。
 犬13頭をひもにつなぐと、山崎さんは先頭に立ち、犬を誘導。凜と張り詰めた空気の中、犬が走り始めるとソリは氷上をゆっくりと滑り始めた。山崎さんがそりに飛び乗り、いざ目的地へ。ムチと掛け声で犬たちはひたすら走る。人類で初めて北極点を制した冒険家ピアリーも、南極点を制したアムンゼンも犬ぞりを使った。植村直己も犬ぞりで北極点到達を成功させた。
 レゾリュート湾を出るとそこはバロー海峡。かつて多くの探検家が北極航路を探してこの海峡を通り、多くの犠牲者も出た。フランクリン隊約150人はこの近くで遭難、全員が死んだ。氷の下は海である。出発して1時間半。犬ぞりは時速10キロぐらい。足の指の感覚がなくなってきた。山崎さんが凍傷になる恐れがあると靴の下に履く大型スリッパのような靴を貸してくれた。これを履くために手袋を外し、ひもも結んだ瞬間、今度は手が一気に感覚がなくなった。日本の冬山で体験するよりももっと急激にしかも絶望的に冷えた。手に体温は戻らない。「ここでテントを張りましょう」。山崎さんは南極観測隊が使用していたテントを急いで立て始めた。山崎さんは元南極観測隊員だ。
 犬ぞりを風上にしてあっという間にテントを張ると、中でコンロの火を付けた。「手を温めてください」。テントの中でしばらく温まると手には体温が戻ってきた。2度と戻らないかと思うくらい冷えていた。
 山崎さんは氷にドリルで穴を開け始めた。気温や気圧などを観測し、日本の研究者にデータを送る活動をしている。温まった手に3重に手袋をはめ、意を決して外に出る。懐で温めていた一眼レフのカメラを構えるとものの1分でシャッターが切れなくなった。バッテリーが点滅していたので急いでこれまで懐に入れていたバッテリーと交換するがカメラは冷えきっており再びシャッターを切ることはできなかった。せっかくこのために日本から最新型の一眼レフとレンズ、バッテリーも8個も持ってきたのに使えなかった。結局、予備で懐に入れていたコンパクトカメラが最後まで生きた。ボディーが小さく、全体が冷えなかったのが生き残った理由だろう。
 118㌣。この海域では例年1・5㍍から2㍍あるという。「今年は随分と薄いな」。昨年夏、北極海の氷の面積は過去最小を記録していた。観測結果をノートに書く山崎さんのまつげには氷が張り付き、鼻先には鼻水のつららができていた。
 観測が終わると逃げ込むようにテントに急いだ。カメラのシャッターを切る数秒の間は一番薄手の手袋にしていたため、またもや指が冷えきっていた。火に当てて体温を戻す。
山崎さんは氷にアイススクリューを打ち、犬を3~4頭づつ分けて繫留した。
 コンロに鍋にテントの近くで切り取ってきた氷を入れた。水ができると乾いたコメ3合と、ステーキ代の肉を4枚入れて沸騰させた。味にはこだわらない。とにかくカロリーが高い物を一気にかき込む。「食わないと体が冷えてしまう」。使い終わったスプーンは1分もたたないうちに冷えて手に張り付いた。さらにポットにお湯入れて終わり。そとは快晴。しかし風が吹いてきた。
 コンロを2つ付ける。少しテント内が温まってきた。しかしテントが風でばたばたと音を立て始めた。燃料は灯油。約20㍑持ってきたが、節約ため寝袋にもぐり込んだ。午後6時ぐらいか。
 外の犬たちが騒がしい。「シロクマか」。山崎さんが急いで外に出た。犬はシロクマが近づくと吠える習性がある。山崎さんはこれまで何十回もシロクマに遭遇、その度に銃で脅し追い払ってきた。吠え方でシロクマがどうか大体分かるという。犬が吠えるたびに山崎さんは外へ。しかしシロクマは現れない。「なんかいつもと雰囲気が違う」
 テントの近くで動物の息の音がする。テントの外側から何かがざわっと足に触れた。「なんか触れたーーー」。山崎さんが急いで外に出る。犬だった。1頭の犬がロープをかみ切って、ほかの犬たちにかみつき始めた。山崎さんが急いで止めに行くとその犬は氷原の彼方へ走っていったという。「狂犬病かもしれない」。この犬は1週間ぐらい前にキツネを食べた形跡があった。その後様子がおかしくなり、よく他に犬を嚙むようになった。この犬がいなくなってから犬たちは静かになった。「あの犬は処分しなければならない」
 コンロの火が消され背中からじんじんと押し寄せる寒さと、地吹雪の音とシロクマの恐怖におびえていた。ほとんど寝ることはできなかった。たまに吠える犬の鳴き声にまた山崎さんが外に出る。冷えた体を温めようと足の指、足首、太もも、腰、肩、腕などを順番に小刻みに100回ずつ動かし、温めようとしたがあまり効果がなかった。
テント内の気温は外気と同じ氷点下40度。寒いとき寝たら死んでしまうということを思い出し、このまま寝たらそのまま死んでしまうのではないかという恐怖におびえた。寝袋を頭まで被り、握りこぶしぐらいの通気口を残して目をつぶる。
 朝、寝袋に凍りついた霜に鼻が触れて目覚めた。寝袋から出るとテントの内側は霜で真っ白だった。自分の体から出た水蒸気が凍りついていた。朝飯は昨晩と同じだが、味付けだけ変えた。唇と指があかぎれ始めた。山崎さんがビタミンなどのサプリメントを分けてくれた。
 テントがばたばたと揺れている。「停滞ですね」。風が強いため行動できないという意味だ。風は風速1メートルで体感温度は1度下がるといわれている。この日の風速は約10㍍。気温氷点下40度ならば体感温度は氷点下50度近く。凍傷になるのは必至だ。仕方なく再び眠ることができない寝袋にもぐり込む。夕方、山崎さんが衛星携帯電話で日本にいる奥さんに現在地を知らせ、天気予報を聞いた。「明日もだめかもしれない。気圧が不安定だ」。絶望的に気が滅入る。もう1日この状況が続くのかと思うと泣きたい気持ちになるが、どうしようもない。山崎さんは最大停滞を8日経験したことがあるという。
 どうしても外に行かなければならない用事が遂にやってきた。直前まで我慢して、ティッシュを用意して、すぐに脱ぎ履きできるように服は薄着にして、待った。その時はすぐにきた。意を決して風上に顔を向け、用を足す。30秒もかからなかったと思う。尻の感覚はなくなり、先端部分は切り取られたような感覚だった。
 夜、風は一段と強くなり、家族の顔が一段とはっきりと思い浮かべられた。眠れぬ夜を過ごした。
 翌朝午前5時に起きたというかほとんどずっと起きていた。
 風は少し弱まっていた。「行けるか」。期待が高まる。飯は同じメニュー。味だけを変えた。風が吹いてきた。「様子を見ましょう」。再び、寝袋に。寝袋は凍っていた。昨晩の体から出た水分が凍りつき、氷の箱のようになっていた。全く温かくない。このような場合はダウンの寝袋よりは化繊の方がいいという。
 昼前、風が突然やんだ。問題はいつまで続くか。戻る準備を始めながら様子を見た。30分経っても風は吹かない。「行きましょう」。テントをたたみ、道具を犬ぞりに急いで積み込んだ。犬たちもひもにつなぎ、出発した。約1時間半で町に戻った。
 ホテルに着くと顔には凍傷の跡が。それから約20時間、眠り続けた。寒さとシロクマの恐怖から解き放たれて。
 その後約一週間、ブリザードが続いた。北極恐るべし。

 

 

 

 

 

澤野林太郎

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