RB中村多聞の原点「三武ペガサス」で学んだこと


大学を出て何年かしかたたない20代前半の若い選手が中心の電通キャタピラーズのRB陣を指導していると、彼らと同じ年頃だった自分はどうだったのかと思い返すことがよくあります。
特に彼らに困難な課題を与えた時に「あの頃の自分ならどう思って、どうしていたのだろうか?」といった感じです。
当時の社会人リーグでダントツに練習がきついと評判だった三武ペガサスに、関西学生リーグのディビジョン3の弱小大学から入部しましたが、ただ一人の同期は練習がきつくて寮から夜逃げしてしまいました。
全員の目は最も無知でヘタクソな僕に向けられ、試合中に僕さえ邪魔をしなければチームの強さは維持できるという環境の中で、毎日の練習で全員から鍛えてもらっていました。
先輩たちにとっては当たり前のことと僕にとっての当たり前、いわゆる「フットボールIQ」が違いすぎて、脳内すり合わせを練習後に毎日自分で整理しないと、どんどん遅れをとってしまうという状況でした。
週に6回練習があったのですが「新しい知識と技術のインストール」「体に染み込ませるための反復練習」の2種類が僕個人に課せられます。
チームのフォーメーション練習は僕以外の全員が昔からやっていて完全に知識化されているので、微調整をしている中を僕がおかしなことをしては練習がギクシャクしました。
当時は自分のプレーに対して叱られたり注意されたりした時、言われている日本語はもちろん分かるし逆らうつもりも毛頭ありません。全てを学ぶ気満々です。
しかし、必死でプレーしている最中にそのような細かい判断をしながら動きを微調整しろと言われても、全くできないどころか1種類の動きで精いっぱいです。とにかく間違わずに大筋を守って叱られないようにしようと考えていました。
「おい多聞、あの敵の動きに対してそこに行っても意味がないだろう。もっとこっちに行かないと!」なんて言われるのですが「はあ、そうですかー。僕、アサインメント通り動いているんですが…」としか答えられません。
でも返事は「はいすみません、もう一度やらせてください!」です。そしてもう一度やらせてもらったところでその奥深い意味合いなど理解できるはずもなく、皆さんが飽きてきた頃に僕の体力も切れて一日が終了する。こんな感じで毎日ゆっくりゆっくり成長していく僕を、皆さんが優しく見守りながら指導してくださっていました。
その後、僕は自分の成長に合わせて段々と強いチームに移籍していきましたが、強いチームに所属するいい選手は「自分のやるべきことを完全に把握している」「それを実行するための体」を兼備しているのは、三武ペガサスの先輩たちと同じです。
どちらも持っていなかった僕は、そういう選手たちに憧れて少しずつ少しずつその資産を蓄えていきました。
それがかなり蓄積したのが、三武ペガサスに入った時から数えて約10年が経過した30歳を過ぎた頃でした。
今この瞬間、どういった強さでどっちに向かってどんな速度で何をするのが最善なのか。日本でプレーする分には判断ミスなどもしなくなり、瞬間瞬間での最善策を判断し選択できるようになりました。
敵の動きもずいぶんとゆっくり見えるようになっていました。叱られたり指導された内容ができないどころか意味すら分からなかった僕が、ここまで成長し進化したわけです。
つまりまだ成熟していないRBは、ひとまずこの感覚になるまで知識を得て体を作る必要があると思うんですよね。知らなければどうしようもないし、体が動かなければスポーツになりません。時間とエネルギーをかけてコツコツやっていくのは、なかなか根気がいります。
キャタピラーズが来季所属するX1スーパーの他チームの守備陣は、僕が指導しているRBのことを全く恐れていません。そもそも名前や性能を知りもしないでしょう。
それはなぜか。先述した強いチームのいい選手が持っている「自分のやるべきことを完全に把握」「それを実行するための体」が備わっていないことだけは知っているのです。すごい選手がいれば、自然と情報が入りますからね。
過去の僕自身も「おそらく楽勝だろう」と踏んでいた相手のことを真剣に調査したこともありませんし、相手選手の名前も知らないままでした。
関心が湧きませんし、調べたところでどうせ弱いチームでテキトーにやっている選手だろうから、過去の試合データを精査したところで時間の無駄になっちゃうんですよね。
おそらくキャタピラーズと対戦予定のチームはそんな感じで「今週は休み」的な、白星を一つ簡単に手にできるボーナス試合と考えていても不思議ではありません。
その昔、アサヒ飲料チャレンジャーズは、最下位で入れ替え戦に出場した翌シーズンにリーグ優勝しました。
それはフルタイムで稼働するプロのヘッドコーチ(HC)に藤田智氏(現京大HC)を招聘し、選手全員を「藤田劇場」の魔術にかけて他のチームがやってない取り組みなどで大改革があったからこその結果でした。
しかし、キャタピラーズには今のところ公式に発表されている大改革はありません。ならばどうすれば他のチームから一目おいてもらえるのでしょうか。答えは明確です。
パールボウル1回戦はチャンピオンチームの富士通フロンティアーズなので、そこでどれだけ凶暴に噛みつき続けられるかを見せつける以外にないと思います。
古いボクシング映画で「ロッキー」という物語がありますよね。勝つ負けるではなく、強大な敵に立ち向かうロッキーの闘いぶりが世界中の感動を呼んだ名作です。
「こいつら危ない」「とんでもないのが下から上がってきたな」と、Xリーグ関係者の何人に感じてもらうことができるかしかありません。
強いチームのいい選手が持っている「自分のやるべきことを完全に把握」「それを実行するため体」は、フロンティアーズの場合だと試合に出てくる選手の全てが持ち合わせています。それどころか、一人で何人分もの働きをする人も複数存在します。
その彼らに比べて、何か少しでも足らない人がいればそこが段々綻んでいき、最後は大きな問題となってチームを苦しめます。
やりたいことができないという苦しみです。僕が選手だと、甘い練習で楽をして試合場で苦しい思いをするのは絶対に嫌なのですが、目の前の苦しみからとにかく逃げたいと強烈に願うのが勝てないチーム独特の文化なのです。

その負け犬文化を良い方向に転換させていくのがRBの仕事であると思っています。毎日宴会をして遊んでいる人ばかりではないにせよ「一生懸命頑張っているからそれで幸せ」という独特の物差しで行動を決めるやり方は、競技スポーツには不向きです。
フットボールを楽しむことが目的なのか、チャンピオンになるのが目的なのか。それがはっきりしていないチームと試合するのはとても楽ちんです。試合が始まって圧倒してしまえば、簡単に心が折れてくれるので。
僕がこのようなことを作戦より重視するようになったのは、フットボールの戦い方を最初に指導してくれた三武ペガサスの影響なんです。
初対面の時に「一緒に日本一を目指そうよ」と声掛けをしてくださった楢崎五郎さんが、このほど日本大学フェニックスのOB会長になられるということで、祝賀会を兼ねて三武ペガサスの新年会を開催したのですが、20人に満たない人数のチームでしたので、僕の小さくて狭いお店に全員が入ることができました。
その横でキャタピラーズのRBが練習後に食事をしていて、いつも自分たちを厳しく指導している僕が、先輩たちに囲まれてペコペコしているところを見られてしまい「バーガー美味しかった」ではなく「今日はエエもん見させてもらいました」と言い残して帰っていきました。

中村 多聞( なかむら・たもん)プロフィル
1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。