「不可能だと思うことにチャレンジ」 京大ギャングスターズ藤田智HCに聞く


昨シーズンの日本選手権(ライスボウル)で2連覇を果たした富士通の前ヘッドコーチ(HC)で、フロンティアーズのディレクターを退任した藤田智さん(55)が、18年ぶりに母校・京大の指導者に復帰した。
肩書はHC。1996年シーズンを最後に関西学生リーグの優勝から遠ざかっている「ギャングスターズ」の再建を託された藤田さんに、母校への思いと目指すチームの具体像などを語ってもらった。(聞き手・宍戸博昭)
―18年ぶりに母校へ戻ろうと思った理由は。
「ディレクターになってから現場に復帰するのが嫌だったが、去年ぐらいからちょっとやってもいいかなと考えるようになった。僕の後を引き継いだ山本(洋HC)が、ここ4年で3度ライスボウルで勝ったことも大きい。京大からは何度か誘いがあったが、断っていた。年明けにこちらから連絡したところ、話がまとまった」
―富士通との関係は。
「富士通は退社する。長年お世話になり、とても感謝している。京大へ行くことを応援してくれている」
―社会人のアサヒ飲料と富士通で日本一を経験して得たものは。
「紆余曲折があった。富士通では最初の9年間勝てなかったが、チーム作りの柱にしないといけないことが分かった。(ライスボウル優勝は)アサヒ飲料と京大でも経験していたが、富士通で連覇をしたときに、これでいいんだと思った。勝ち方が良くなった。力で負けていても、踏ん張れるようになった。こういうことが大事なんだと思えるようになった」
―京大に限らず、今の学生の気質は昔とは違う。どういうアプローチをするのか。
「この春大学に進学する自分の子どもと同じなんだろう、という感覚。息子のフラッグフットボールの練習や試合を見たり学校教育の現場を知ると、こういう風に教えられているんだと感じる。昔のようなやんちゃは少ない。こちらの言葉づかいも気をつけないといけない」

―アメリカンフットボールという競技をする上で大切なものは。
「闘争心。戦う気がないのなら、やるべきではない。自分ができないことが嫌だとか、相手に勝ちたいという気持ちは必要。今は情報がたくさん取れるので、どうしてもそちらに興味がわくが、作戦はある程度安定させたらフィジカルや技術で局面を乗り越えられるようになればいい。富士通はそれができるようになり、自分にフォーカスできるようになった。学生は自分たちで考えることが多いが、作戦ばかりではなくフィジカルや技術を向上させることが大切だ。今の京大には、京大としては身体能力の高い選手がそろっている。ファンダメンタルの強化を徹底したい」
―ギャングスターズの黄金期を築いた水野彌一元監督の指導法を継承するのか。
「そういう風に思ったことはないが、水野さんならこういうときに、きっとこうするんだろうなというのはある。僕は水野さんの教え子なので。ただ、水野さんを模倣するのはどうかと思う。人が代わればチームも変わる。でも、自分の足跡が見えるのはコーチとして嬉しいものだ。京大にしても、水野さんがやってきたことがなくなってしまうのは寂しい。僕らは常にアンダードッグ。それでも関学に勝とうと頑張ってきた。そういう気概は持ってほしい。不可能と思っていたことにチャレンジしていく部分は残したい。それが水野さんへの恩返しだと思う。元日大監督の篠竹(幹夫)さんの生前、何度か話をしたことがあるが、水野さんに近いと感じた。アプローチの仕方は違うが、根本は同じ。よくよく聞けば、関学も同じ。人間教育を大事にしないと、勝てるチームを作れない」

―逸材と評価される新4年生QB泉岳斗選手をどう育てるのか。
「泉君は肩が強く走れて体も強いが、荒削り。まだまだうまくなる。QBとしてのファンダメンタルを丁寧に教えて練習させたい。パス一つにしても、場面によっていろいろなボールを投げないといけない。持っているものは素晴らしいので、基礎をしっかりやればスケールの大きい選手になる。フィールドのリーダーとして、マネジメントができる選手になってほしい」
―今の京大に必要なものは。
「可能性を信じられるか。自分たちがやろうとしていることを信じ込めるか。迷わず、これと決めたらやる。そこはコーチのリーダーシップにかかっている。フォーメーション的なもので何か試したい。例えばオレゴン大のノーハドルオフェンスや日大のショットガンのように、心のよりどころのようなものがあっていい。ただ、それだけでは勝てない。いかにバランスの取れたチームにするか。それもコーチの仕事だ」
―関学とは。
「京大にとって関学は遠い存在になってしまっている。日本で最高峰のフットボールをしているチームの一つで、彼らから学ぶことは多い。あれだけ勝ち続けるのは難しい。厳しく指導して、学生もしっかりしている。自分の学生時代と同じで、関学の中で脈々と受け継がれているものだと思う」
―スキルをたたき込む、戦術の整備、精神性。チーム作りにはいずれも大切な要素だが、あえて主眼を置くのは。
「ファンダメンタルの強化を強調したい。プレーがうまくできるようになり、けがをしなくなれば面白くなり学生はのめり込む。難しいかもしれないが、やろうという気概を植え付けたい。ギャングスターズはこうあるべき、といった考え方は好きではない」

「指導者として大切にしているものは何か?」という問いには「自分がその気になること。自分がそう思ったことだけを言う。悩んで迷っているときは、チームとして良くない。自分の考えを伝えて、そうだなと思ってもらえることが大事。理由を説明してあげる。18年たつと、別世界だと思っている。そこで求められている仕事をこなす」と答えた。
慣れ親しんだ京都には〝単身赴任〟となる。5月14日には、東京・アミノバイタルフィールドで、かつて水野さんをともに支えた京大の先輩・森清之さんがHCを務める東大との定期戦がある。

宍戸 博昭 (ししど・ひろあき)プロフィル
1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を30年以上務めている。