NFL史上最高のQBトム・ブレイディが引退表明 スーパーボウルで7度優勝

2023年02月02日
共同通信共同通信
生沢 浩 いけざわ・ひろし
今シーズン限りでの引退を表明したバッカニアーズのQBトム・ブレイディ(AP=共同)
今シーズン限りでの引退を表明したバッカニアーズのQBトム・ブレイディ(AP=共同)

 

 「NFL史上最高のQB」と評価される45歳のトム・ブレイディ(ペイトリオッツ、バッカニアーズ)が2月1日、引退を表明した。

 ちょうど1年前にも引退宣言をして、わずか1カ月後に撤回して現役を続行したが、今回は自らが「永遠に」と述べているようにこれが本当のキャリア終結宣言になる。

 

 ブレイディは屋外で自撮りしたと思われる自身のSNSで次のように述べた。

 「おはようございます。結論から先に言います。私は引退します。永遠にです。去年は(引退宣言が)大騒ぎになってしまったので、今朝起きて皆さんにまずお知らせしようと決めました。今回は長々と語ったりはしません。エモーショナルな引退エッセイは一度で十分です。私のエッセイは去年綴られました。皆さんには心からお礼を申し上げます。家族、友人、チームメート、ライバルたち。数え上げたらきりがありません。感謝すべき人が本当にたくさんいます。私が夢の世界で生きてこられたのは皆さんのおかげです。これからも私は何も変わりません。皆さんを愛しています」

 文字にすると淡々としたメッセージなのだが、動画の中のブレイディは時折声を震わせ、感情を抑えているように見える。それはフィールド上で見せる、憎たらしいほどに冷静で感情を表に出さない彼の姿とは対照的なものだった。

2020年シーズンのスーパーボウルを制し、ペイトリオッツ時代からの盟友TEロブ・グロンコウスキー(87)と喜ぶQBトム・ブレイディ(12)(AP=共同)
2020年シーズンのスーパーボウルを制し、ペイトリオッツ時代からの盟友TEロブ・グロンコウスキー(87)と喜ぶQBトム・ブレイディ(12)(AP=共同)

 

 ブレイディがそのような表情をまとうようになったのはいつからだろう、とふと思う。

 筆者が初めてブレイディを生で取材したのは、2001年シーズンのAFC決勝だ。プロ2年目、開幕先発QBだったドルー・ブレッドソーに代わってペイトリオッツのスターターに抜擢された年だ。

 AFC決勝でブレイディは負傷で途中退場してしまうのだが、スーパーボウルでは、圧倒的有利と予想されたラムズを破って、チームと自身にとって初のNFL制覇を達成する。

 同時多発テロ事件で、米国だけではなく世界が大きく揺れた年に「愛国者」の名前のチームが優勝したことは、ドラマチックでもあった。

 その後、名将ビル・ベリチックHCとのコンビで、ペイトリオッツの「黄金時代」を築いていくことになる。

 当時の試合後セレモニーの写真は今でもよく見かけるが、そこに写るブレイディは24歳の若者らしい爽やかな笑顔で、スーパーボウル優勝杯の「ビンス・ロンバルディー・トロフィー」を頭上高く掲げている。

 一躍「シンデレラボーイ」となった彼が通算10回スーパーボウルに出場し、7回の優勝(うち5大会でMVP受賞)を果たし、数々のパッシング記録を打ち立てて「G・O・A・T(Greatest of All Time=史上最高)」のニックネームを与えられるようになるとは、誰も予想しなかったのではないか。

2019年シーズンのチーフス戦でパスを投げる、ペイトリオッツ時代のQBトム・ブレイディ(12)(AP=共同)
2019年シーズンのチーフス戦でパスを投げる、ペイトリオッツ時代のQBトム・ブレイディ(12)(AP=共同)

 

 ペイトリオッツ、バッカニアーズでプレーしたブレイディの23年間のNFL生活は数々の栄光に彩られている。

 前述のスーパーボウルでの成績に加え、リーグMVP3回、オールプロ選出3回、プロボウル選出15回、パッシングではパス成功数、試投数、獲得距離、TD数、QBとしての先発出場回数と勝利数などで歴代1位の記録を誇る。

 さらに驚くべきは、長いキャリアで先発QBとして出場したシーズンでの負け越しは今季が初めてということだ。それでもバッカニアーズは地区優勝を果たし、プレーオフに出場したところに「強運」も感じさせる。

 

 しかし、その過程は必ずしもクリーンなものばかりではなかった。ペイトリオッツが対戦相手の練習をビデオ撮影したとされる「スパイ騒動」、空気圧を規定以下にしたボールを試合で使用したとされる疑惑、ジゼル前夫人のチームメート批判など「スキャンダル」が付きまとった。

 どこまでブレイディ自身が関わっていたかは不明だが、ペイトリオッツのスターQBとして渦中にいることは免れず、その都度ブレイディの表情を硬いものにしていった気がしてならない。

名将ビル・ベリチックHC(左)とのコンビで、ペイトリオッツの「黄金時代」を築いたQBトム・ブレイディ(AP=共同)
名将ビル・ベリチックHC(左)とのコンビで、ペイトリオッツの「黄金時代」を築いたQBトム・ブレイディ(AP=共同)

 

 常勝チームのQBとして感情を抑えなければいけないのは当然で、ブレイディはそれを見事なまでにこなしてきた。それがアンチ派には憎らしく映ったのだが、これが次第にブレイディのイメージとして定着してきたのも事実だ。

 しかし、それは2017年の来日の際に見せた柔らかな表情や、チームメート、友人が証言するブレイディ像とは異なる。

 ブレイディのごく一部しか見ることのできない一般のファンが、感情を表に出さない姿こそがブレイディだと思ってしまうのは仕方のないことなのだろう。ブレイディの人間らしさというか「トーマス・エドワード・パトリック・ブレイディJr.」の素の姿を見たかったとも思う。

 

 ブレイディがニックネーム通り史上最高のQBなのか否かは筆者ごときが決めることではないが、この稀代の傑物が活躍する時代にフットボールライター、テレビ中継の解説者として立ち会えたことはこの上ない幸せだった。

 

 
 

生沢 浩( いけざわ・ひろし)プロフィル
1965年生まれ。上智大卒。英字新聞ジャパンタイムズの運動部長を経て現在は日本社会人アメリカンフットボール協会の事業部広報兼強化部国際戦略担当。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSなどでNFL解説者を務める。大学時代のポジションはRB。日本人で初めて「Pro Football Writers of America」の会員となる。