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【聖火リレー アラカルト】 体操向き合った母校で聖火 日本最多金8個の加藤さん

2021.7.10 13:00 共同通信
茨城県のゴール会場に到着したランナーの加藤沢男さん=5日夜、つくば市
茨城県のゴール会場に到着したランナーの加藤沢男さん=5日夜、つくば市
 五輪体操男子で1968年メキシコ大会から76年モントリオール大会まで日本の団体総合3連覇に貢献した加藤沢男さん(74)が5日、選手、教授として半世紀近くを過ごした母校の筑波大(旧東京教育大)のある茨城県つくば市で聖火リレー走者を務めた。
 沿道からの声援に笑顔で応え「参加できたうれしさと感謝を胸に走った。多くの人の前に立ち、どぎまぎした」と恥ずかしそうに笑った。
 個人総合もメキシコ大会と72年ミュンヘン大会を連覇。現役時代は猫背とO脚という体格面のハンディを「演技に出ないよう、人の3倍は練習した」と克服した。美しい技のさばきは「体操の教科書」と称され、五輪3大会で積み上げた金メダルは全競技を通じて日本勢最多の8個に上る。
聖火ランナーを務めた加藤沢男さん=5日夜、茨城県つくば市
聖火ランナーを務めた加藤沢男さん=5日夜、茨城県つくば市

 国際体操連盟の技術委員を長く務め、筑波大や白鷗大の教授として競技力の底上げに尽力。持論とする「感覚の運動学」を著書にまとめようと、退職後も毎日のように筑波大の研究室に通う。

 昨夏には研究室前の草地を刈り込み、五輪のシンボルマークとともに「Erinnerung 2020」と描いた。ドイツ語で「記憶」という言葉は、新型コロナウイルス禍の時代を生きる学生へ「この苦しさを忘れることなく記憶に留め、乗り越えていってほしい」とのエールだ。
 新潟県の高校生だった64年東京五輪は観客席で開会式を見つめた。聖火リレー最終走者の坂井義則さんが一気に階段を駆け上がる姿が今も鮮明に残っているという。「自分も任された距離を、ただ一生懸命に走りたい」との言葉通り、県内最終走者としてしっかり役割を果たした。