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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

結果もそれまでの過程も大事 今できることを最大限やり切ろう

2021.10.7 12:27 中村 多聞 なかむら・たもん
選手としてのピークにあったアサヒ飲料RB時代の中村多聞さん=中村多聞さん提供I
選手としてのピークにあったアサヒ飲料RB時代の中村多聞さん=中村多聞さん提供I

 

 シーズンに入って公私でいろいろ忙しくなってしまい、コラムの執筆がなかなかできなかった中村多聞です。皆さんお元気でしょうか?

 ようやく緊急事態宣言が解除になり、規制が少し緩和されお店の営業がしやすくなりました。

 街で遊ぶ人が増えてこないと、どうにもならない東京・六本木という繁華街にある僕のお店「ゴリゴリバーガータップルーム」が、相変わらず毎日ガラガラなのが大問題です。

 できることなら、一生存続させておきたいと願っているのですがかなうかどうか…。

 どんな時でもお客様が行きたいと思ってくださるような強い魅力がないだけのことで、暇な原因が伝染病と店の実力不足とハッキリしていますので、アメリカンフットボールの技術と同様に悩んで考えて努力すれば少しは改善されるので、努力するしかありませんね。

 

 今回は「選手をしていられる時間なんて、めっちゃ短いんやで!」てなことを書いて見ました。

 子どもの頃、祖父の葬式に参列して以降ハッキリと認識していたのですが、人はやがて年を取ってアメフトのようにハードなスポーツができなくなり、最終的には必ず死んじゃいます。

 どんなスーパーアスリートでも金持ちでも、やはりその絶対的な運命からは逃れられないわけです。

 

 僕がまだ若く、アメフト業界で中村多聞の名前など誰も知らない頃のことです。

 体力が衰えて激しい運動ができなくなる日が来るなど、現実のこととして受け入れていませんでしたし「俺は他のやつと違う」などと言ってましたし、思っていました。

 

 だんだんと一人前の体力がつき、気力や知力が上がり経験値が増えてくると努力、鍛錬してきたことが試合でしっかりと発揮できるようになる時期を迎えます。

 これを「ピーク」と言うのでしょうが、このピークを過ぎ少しずつ努力ができなくなると、能力も落ちていくのは当然のことです。そして、いよいよ若い選手に追い越されそうなときに、僕はユニホームを脱ぎました。

 

 50歳を過ぎた今は、コーチングの現場でほんの少しだけお手本を見せるのも大変になってきています。

 そうなんです。まさかあの時の自分にこんな日が来るとは、覚悟はしていましたがまだ受け入れられていない自分がいます。

 

 前置きが長くなりましたが、いま本気の本気でトップを目指しているスポーツ選手たちに強く思うことは「終わりはすぐ来てしまうで!」なんです。

 これは、ピークを過ぎてやめていった先人から何度も聞かされている話だとは思います。

 

 そこで肝心なのは「やり残しはないか?」です。勝ちたい試合で勝てずに引退。目指したタイトルやトロフィーは手に入らなかったというスポーツ選手は数多くいます。

 そうです。たいていは勝てないから勝利には価値があるんです。頑張ればみんなにご褒美が与えられるわけじゃありません。

 

 ただし、結果も重要なんですけど、そこまでの過程で人生をかけて全力を出し尽くして生活していた時間があったという事実は、とても大切なんです

 年齢を重ねて過去を振り返ったときに、自分の努力や生き方を誇れるかどうかで違いが出て来るのではないでしょうか。

 今振り返っても、僕は自分の経歴以上に結果を残すことは無理だったと思いますし、あれ以上過酷な暮らしも努力も無理だったので、限界ギリギリまでやり切ったと思っています。

 そのように、本人が本当にそう思っているならそれでいいんです。もう一度言います。いま頑張っている皆さん、未来の自分に今の自分を誇れるかどうかが大切です。

 

 仕事が、勉強が、家庭がと言い訳を思いつく時点で本気の本気ではないってことに気付いてください。

 その時点で仲間を裏切っていることをちゃんと認識しましょう。時間を作れない、鍛える時間がないなど、僕は選手としての成長期に思ったことありません。

 毎日毎日何度も何度もやらねばならない鍛錬メニューは全て自分でスケジュールしていましたし、つらかったけれども逃げようとは思いませんでした。

 

 小さな頃から親にスキー、水泳、水球、サッカーとさまざまなスポーツを本格的にやらせてもらいましたが、どれも大した成績を残せずでした。

 でもフットボールだけは両親が喜ぶような結果を残せたので、夢中になって取り組んで良かったと思っています。

 

 仕事とフットボール、学業とフットボールなど「キッチリ(両立)できないなら下のレベルでプレーしなさい。『トップリーグ出身の人はやっぱりすごいね』と喜ばれるぞ」と、サンスター・ファイニーズに所属していたとき、あるコーチが言っていました。今、本当にそう思います。

 

 「あと何年できる?」「それはあと何カ月?」「それはあと何試合?」「それはあと何回の練習?」と計算していくと、結構残り少ないですよ。

 どんなに準備や努力をしても、自分ではどうにもコントロールできない問題に直面したときに、どのように対処できるかが大切です。

 年齢を重ねて少しぐらい衰えても、しっかりとした対応力を備えておく必要がありますね。今やれることを最大限にやりきる毎日を過ごしていきましょう。

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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