×
メニュー 閉じる メニュー
スポーツ

スポーツ

週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

チームに浸透した「勝利への心構え」 稀代の名QBトム・ブレイディ

2021.2.10 11:52 生沢 浩 いけざわ・ひろし
スーパーボウルの表彰式でファンの声援に応えるバッカニアーズのQBブレイディ(AP=共同)
スーパーボウルの表彰式でファンの声援に応えるバッカニアーズのQBブレイディ(AP=共同)

 

 このコラムを書くにあたって、久しぶりに書き出しに悩んでしまった。

 テーマはバッカニアーズを18年ぶり2度目のスーパーボウル優勝に導き、自身5度目のMVPを受賞したQBトム・ブレイディと決めていた。

 

 だが、NFL史上で最も多くのスーパーボウルに出場し、最も多くの勝利を味わったこのQBを形容する言葉が浮かばないのである。

 「G.O.A.T.(Greatest Of All Time)」や「史上最高のQB」など、いろんなメディアがさまざまにブレイディを表現してきた。

 筆者も今まで多くの褒め言葉を使ってきたが、このスーパーボウルほどブレイディに畏怖の念を抱いたことはない。そう、彼は「怖い」QBなのだ。

バッカニアーズを18年ぶり2度目のスーパーボウル王者に導いたQBブレイディ(AP=共同)
バッカニアーズを18年ぶり2度目のスーパーボウル王者に導いたQBブレイディ(AP=共同)

 

 ブレイディに特別な敬意を払うのは、彼が43歳にしてNFLトップのQBであり続けるからだけではない。

 もちろんそこにはストイックなまでの体調管理と、並々ならぬプロ意識に裏付けられた努力があり、尊敬に値する。

 しかし、それはあくまでも個人の問題だ。ブレイディはバッカニアーズというチームまで変えてしまった。そこに恐ろしいまでのオーラを感じずにはいられないのだ。

 

 変えたという言葉に語弊があるのなら「覚醒させた」と言い換えてもいい。

 もちろん、ブレイディ一人でバッカニアーズをスーパーボウル優勝に導けるわけがない。だが、逆にブレイディがいなくても今季のバッカニアーズが優勝できたかと問われれば、答えはやはり「NO」なのだ。

 

 セインツと対戦した開幕戦を見たとき、レシーバー陣との間であまりにもコミュニケーションミスが多いことに驚いたのを覚えている。

 レシーバーが振り向いてパスキャッチの態勢に入っているのにブレイディのパスはその頭上たかく飛んでいく。逆に、パスが投げられているのに気付かず、レシーバーがそのままパスコースを走り続けてしまう場面もあった。

試合中に口論するチーフスのSSマシュー(32)とバッカニアーズのQBブレイディ(12)(AP=共同)
試合中に口論するチーフスのSSマシュー(32)とバッカニアーズのQBブレイディ(12)(AP=共同)

 ペイトリオッツ時代のブレイディには、ほとんど見られなかったシーンだ。

 

 ブレイディとレシーバーたちの判断が違うことから起きたミスだが、新型コロナウイルスの影響でプレシーズンが行われなかったこともあり、これは仕方のないことだった。

 そして、筆者自身もこれについてはシーズンが深まるにつれて修正されていくものだから心配はしていなかった。

 事実、レギュラーシーズン終盤にはこうしたコミュニケーション不足によるパス失敗は少なくなり、プレーオフに入ってからは、文字通り以心伝心といった感じで意思の疎通が図られていた。

 これは驚くに値しなかったのだが、やはり特筆すべきは「ブレイディ効果」がラン攻撃やディフェンス全体にも及んでいることだった。

 

 シーズン終盤からプレーオフにかけて、エースRBは新加入のレナード・フォーネットが担うようになっていた。

 9月にジャガーズから解雇された直後にブレイディから誘いの連絡をもらい、それでバッカニアーズ入りを決意したというフォーネットは、得意のダイブプレーだけではなく、ドローやスイングパスなどで活躍するようになった。

スーパーボウルでTDを挙げるバッカニアーズのRBフォーネット(28)(AP=共同)
スーパーボウルでTDを挙げるバッカニアーズのRBフォーネット(28)(AP=共同)

 プレイディのパスオフェンスでは、タイミングをずらしたドローやセーフティーバルブとなるスイングパスは重要だ。

 パスドロップの癖は最後まで直らなかったが、ブレイディの意のままに動くRBとしてフォーネットは大きな貢献をするようになったのだ。

 

 ディフェンスもブレイディからのアドバイスをよく受けていたという。ブレイディがディフェンスの動きを読むためのキーポイントをディフェンスのメンバーに教えることで、ディスガイズ(偽装)が巧みになる。

 また、QBがターゲットとなるレシーバーをどのように見極めるかを教わることで、インターセプトやパスカットの数が増えた。「ブレイディイズム」ともいうべき勝利への心構えがチームに浸透していったのだ。

 

 年長者であっても、ブレイディが並の選手ならば彼の言葉に説得力はない。しかし、既に彼は将来の殿堂入りが約束されたスーパースターだ。誰もが耳を傾けるだろう。

 ブレイディの言う通りにしていれば勝てる、強くなれるという信頼感をチームメートに持たせたのは恐ろしいまでのカリスマ性だ。

 

 スーパーボウル終了後のインタビューで、ブレイディは「バッカニアーズは自信にあふれたチームだ」と語った。

 ブレイディが加入する前でも、バッカニアーズはWRマイク・エバンスやクリス・ゴドウィン、LBデビン・ホワイトらタレントは多いチームだった。

 だが、プレーオフには縁がなく、コンスタントに勝てるチームではなかった。

 そこにブレイディが加入し、ペイトリオッツで培った「勝利を手繰り寄せる方策」を導入することで自信をつけさせた。

 自らの存在が周りの人間に影響を及ぼし、その潜在能力を存分に引き出す。そんな芸当ができてしまうブレイディは、やはり恐ろしい選手だ。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。英字新聞ジャパンタイムズの運動部長を経て現在は日本社会人アメリカンフットボール協会の事業部広報兼強化部国際戦略担当。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。大学時代のポジションはRB。日本人で初めて「Pro Football Writers of America」の会員となる。

最新記事