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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.357=「チャック・ミルズさん」

2021.1.21 14:02 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
2015年3月に開催されたプリンストン大と関学大が対戦したレガシーボウルのために来日したチャック・ミルズさん=撮影:山岡丈士さん
2015年3月に開催されたプリンストン大と関学大が対戦したレガシーボウルのために来日したチャック・ミルズさん=撮影:山岡丈士さん

 

 日本のアメリカンフットボールの発展に多大な貢献をしたチャック・ミルズさんが1月18日、米ハワイ州ホノルルの病院で亡くなった。92歳だった。

 

 ミルズさんは、1971年にユタ州立大のヘッドコーチ(HC)として来日し、日本選抜チームと対戦。本場のフットボールの実力を見せつけた。

 この試合で日本選抜のQBを務めた、当時日大4年の佐曽利正良さんを見たミルズさんが「彼をアメリカに連れて帰りたい」と言ったという話は有名だ。

 

 74年8月から、ミルズさんがHCをしていたウェークフォレスト大にコーチ留学した関学大OBの伊角富三さん(関西学生連盟理事長)は、父親のような存在と慕う恩師の訃報に「私の人生の7割は、チャックさんの教えが根底にある。大変お世話になった方で感謝しかない」と目を潤ませた。

 「自分が正しいと思ったことを、一生懸命やっても勝てないのがコーチというもの。それでも、自分が正しいと信じたことをやり続けなさい」

 関学大の監督として伊角さんが悩んでいたときに、ミルズさんから授かった言葉だそうだ。

 

 気さくな人柄で、会えば握手の手を差し伸べてくる。

 甲子園ボウルでお目にかかった際に、日大のOBだと伝えると「篠竹さんの指導を受けたあなたは、とても幸運です。彼は大切な友人であり、尊敬する偉大なコーチです」と、分かりやすい英語で話してくれた。

 

 NFLチーフスのアシスタントコーチとして、67年の第1回スーパーボウル出場に貢献するなど、指導者として華々しい経歴を誇るミルズさんは、日本流に言えば腰の低い極上の紳士だった。

ホノルルの自宅で寛ぐ在りし日のチャック・ミルズさん=提供:伊角富三さん
ホノルルの自宅で寛ぐ在りし日のチャック・ミルズさん=提供:伊角富三さん

 

 晩年は温暖な気候のハワイで、友人に囲まれ穏やかな日々を過ごした。

 お気に入りのキャメルのジャケットがよく似合う名伯楽は、周囲を笑顔にする不思議な磁力を持っていた。安らかにお眠りください。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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