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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.339

2020.8.21 13:02 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
関学大の監督時代の米田満さん(左)=提供:米田満さん
関学大の監督時代の米田満さん(左)=提供:米田満さん

 

 関学大アメリカンフットボール部元監督の米田満さんが8月19日、前立腺がんのため、兵庫県宝塚市の老人ホームで亡くなった。92歳だった。

 

 QBとして「甲子園ボウル」で2連覇する原動力となった米田さんは大学卒業後、1年間だけ神戸新聞の記者として活動した。

 社会人2年目には関西学院に教員として迎えられ、その後母校の教授、名誉教授も務めた。2004年には殿堂入りしている。

 

 新聞社を離れた後も、神戸新聞やデイリースポーツにアメリカンフットボールに関する文章を寄稿していた。

 「ファイターズ」のコーチ、監督としても手腕を発揮。チームを甲子園ボウルの常連校に育て上げた功労者である。

 

 東大アメリカンフットボール部の創部にも貢献した米田さんは、関西学院の建学の精神である「MASTERY FOR SERVICE(奉仕のための練達)」を実践した人だった。

 

 「米田先生」と最後にじっくり話をしたのは、15年ほど前だったと記憶している。

 神戸で行われた関学大と日大の定期戦の後に開かれた、両校OBの懇親会の席で「関学にとって日大は常に目標であり特別な存在なのだから、強くないと困るんや」とおっしゃっていた。

 言葉の一つ一つに、ライバルへのリスペクトと熱い思いを感じた。

 

 多くの教え子に慕われ尊敬を集めた米田さん。関係者によれば、眠るように穏やかな最期だったそうだ。

 

 ファイターズは来年、創部80周年の節目を迎える。名門チームの礎を築いた名伯楽の冥福を祈りたい。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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