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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

「レッドスキンズ」が名称変更を正式表明 スーパーボウル3度優勝の名門

2020.7.15 13:00 生沢 浩 いけざわ・ひろし
レッドスキンズの本拠地フェデックスフィールド(AP=共同)
レッドスキンズの本拠地フェデックスフィールド(AP=共同)

 

 NFLのワシントン・レッドスキンズが、ついにそのニックネームとロゴを変更する決断をした。球団が7月13日、声明によって正式に表明した。

 

 「レッドスキン」という言葉が、ネイティブアメリカン(アメリカ先住民)を侮辱する俗語であることから、人権団体を中心に名称変更を求める動きは以前からあった。

 1999年にチームを買収したダン・スナイダー球団オーナーは頑として名称変更を拒んできたが、流通大手のフェデックスやペプシ、ナイキなどチームやNFLのスポンサー企業からも同様の圧力がかかり、やむなく了承した。

 

 新名称とロゴは後日発表されるが、その期日は明らかにされていない。さらに言うと、新名称とロゴがいつから正式に使用されるかも不明だ。

 新名称やロゴは商標登録が必要となるから、既存の権利を侵害していないか(つまり盗作などの疑いがないか)の検証が必要となる。

 

 登録そのものにも時間がかかると思われ、9月に予定される2020年シーズンの開幕時から新たなチーム名が使用できる保証はない。

 いずれにせよ、87年にもわたって使用されてきた「レッドスキンズ」の名称は過去のものとなる。

 

 チームの誕生は1932年のことだ。ボストンに本拠地を置くブレーブスとしてリーグに参戦した。

 同じボストンに同名のMLBチームがあった(現アトランタ・ブレーブス)ことから、早くも翌年にはレッドスキンズと改名し、1937年に首都ワシントンDCに移転した。

 

 NFLでは米国史さながらにカウボーイズとライバル関係を築いた。

 このライバル関係はパッカーズとベアーズ、スティーラーズとブラウンズのようにリーグを代表するものとなった。

 

 2002年に地区の再編が行われて6地区制から現行の8地区制になったが、本来ならば地理的には南地区に所属するはずのカウボーイズが東地区に残ったのは、レッドスキンズとのライバル関係を維持するためだったともいわれる。

 

 日本にもファンが多いレッドスキンズは伝統あるチームだ。スーパーボウル制覇は1982、87、91年シーズンの3回。そのすべてで指揮を執ったジョー・ギブスHCは地元では誰からも尊敬される人物だ。

 子どものころから熱烈なレッドスキンズのファンだったスナイダー氏は、2000年代に入って低迷するチームを立て直すために2004年にギブス氏を呼び戻し、4年間チームを任せた。

 

 「第1期ギブス時代」を支えたのは強力なオフェンスラインで、その泥臭くも激しいプレーぶりで「ホグス(野ブタ)」のニックネームがついた。

 名RBジョン・リギンズはこの「野ブタブロック」のおかげで第17回スーパーボウルのMVPを勝ち取ったと言っても過言ではない。

 

 87年のリーグ制覇の時には、黒人QBとして初めてスーパーボウルを制したダグ・ウィリアムズが話題となった。

 当時のNFLではまだ黒人のQBが多くなく、ウィリアムズは後進のために大きな道を開く存在となった。

 

 2007年11月には大きな悲劇がチームを襲った。プロボウルSのショーン・テイラーが強盗に遭い、銃殺されたのだ。

 HCだったギブス氏の落胆ぶりは大きかったが、その悲しみを乗り越えて5勝7敗だったチームを最終の4連勝でプレーオフに導くのだった。

 1回戦でシーホークスに敗れるが、これがギブス氏のレッドスキンズでの最後の采配となった。

 

 馴染みのある名称が変わることに寂しさを感じるファンも少なくないだろう。しかし、チームの伝統や歴史までがなくなるわけではない。

 新たな名称とロゴで新章のページをめくっていくのだ。首都チームが装いも新たにどんな未来を築いていくのか、楽しみである。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。1991年にジャパンタイムズ入社。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。「Pro Football Writersof America」会員。

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