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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

人種差別問題で方向転換 NFLが抗議行動を全面支援

2020.6.10 12:43 生沢 浩 いけざわ・ひろし
2016年シーズンの試合後、言葉を交わす49ersのQBコリン・キャパニック(右)とセインツのQBドルー・ブリーズ(AP=共同)
2016年シーズンの試合後、言葉を交わす49ersのQBコリン・キャパニック(右)とセインツのQBドルー・ブリーズ(AP=共同)

 

 米ミネソタ州ミネアポリスで起きた、黒人男性が白人警官による行き過ぎた行為で死亡した事件に端を発した人種差別に対する抗議行動は、今やヨーロッパや日本にまで波及し、世界規模に動きが広まっている。

 そしてそのムーブメントはNFLにも大きな影響を及ぼし、ロジャー・グッデル・コミッショナーが異例の声明を出す事態にまで発展した。

 

 その火種となったのは、皮肉にもチャリティーや地域活動に熱心なことで知られるセインツのQBドルー・ブリーズだった。

 ブリーズはNFLでも黒人選手がミネアポリスでの事件を非難する声を上げ始めた矢先、とあるインタビューで「キャパニックの膝付き行為が今年のシーズンでまた行われる可能性はあるか」と問われ、「そういった行為には断固反対する」と述べたのだ。

 

 「キャパニックの膝付き行為」とは、2016年に当時49ersのQBだったコリン・キャパニックが試合前の国歌斉唱の際に起立をせずに地面に片膝をついた行為をさす。

 これは今回と同様に白人警察官の過剰な行為によって黒人が死亡した事件を受け、人種差別が依然として残るアメリカへの抗議の意思を示したものだった。

2016年シーズンのラムズ戦の試合前に片膝をついて人種差別に抗議する当時49ersのQBだったコリン・キャパニック(7)(AP=共同)
2016年シーズンのラムズ戦の試合前に片膝をついて人種差別に抗議する当時49ersのQBだったコリン・キャパニック(7)(AP=共同)
 

 インタビューでブリーズは、膝付き行為に反対する理由として「星条旗に対する敬意を欠くものだ」とし、「国歌斉唱は第二次世界大戦に従軍した祖父に思いをはせ、涙が出そうになる」と語った。

 これにNFL内の黒人選手たちが一斉に非難の声を上げた。人種差別撤廃を訴える選手たちの団体である「選手連合」の設立者の一人であり、ブリーズのチームメートでもあるマルコム・ジェンキンスは「今まであなたを友として尊敬してきたが、あなたは何も分かっていない」と痛烈に非難した。

 NFLで広く人望があり、多くの選手から尊敬されるブリーズが、ここまで批判されるのは過去に例がない。

 

 キャパニックの行為は人種差別への抗議であり、星条旗や国家に対する不敬行為の意図はないというのがジェンキンスらの言い分だ。

 ブリーズは後に謝罪コメントを出すことになったが、彼が「意図をはき違えていた」と弁明した根拠には理由がある。

 

 キャパニックが最初に抗議行動を起こした時、これを当時まだ大統領候補だったドナルド・トランプ氏が厳しく批判した。

 トランプ氏はキャパニックの行為は星条旗に対する不敬行為であり、ひいてはその国家と国家を守るために命をかけてきた軍従事者を冒涜するものだと決めつけた。

 

 キャパニックは2017年に49ersとの契約を破棄して退団したが、差別への抗議を示す行為は翌年もNFLで随所に見られた。

 大統領になったトランプ氏はここでもNFLを批判。NFLは抗議活動に配慮しつつ、国歌斉唱時には起立することを各チームに強く求めるに至った。

 

 ブリーズにとっては、国家に対する不敬行為とみなされる膝付きに異を唱えるだけのつもりだったかもしれないが、NFLでの白人と黒人の分断にもつながりかねない大問題に発展した。おそらくブリーズ自身が事の成り行きに最も驚いているだろう。

 

 その後、複数の黒人選手たちが共同でビデオによる声明をSNSで発表し、NFLに対して人種差別に強く反対する態度を求めた。

 彼らは「我々は声を上げる。我々NFLは人種差別と黒人に対する不利益に反対する。我々NFLは平和的に抗議活動をしようとした選手たちを押さえつけてきたことが間違いだったと認める。我々NFLは『黒人の命は大切だ』と主張する」とのコメントで声明を終えている。

 

 グッデル氏が声明を出したのは翌日のことだった。しかも、これまでのNFLの態度を謝罪するという衝撃的な内容だった。

 グッデル氏はミネアポリスでの事件の犠牲になったジョージ・フロイドさんとその家族へのお悔やみの言葉を述べた後、「我々は間違っていた。もっと早く黒人選手たちの言葉に耳を傾けるべきだったし、彼らが人種差別に反対する行為を応援するべきだった」とビデオメッセージで語ったのだ。

NFLのロジャー・グッデル・コミッショナー(AP=共同)
NFLのロジャー・グッデル・コミッショナー(AP=共同)

 

 この言葉は重い。2017年にトランプ大統領がNFLを批判したとき、オーナーやNFLはそれを受け入れ、選手たちの抗議活動を国家に対する不敬行為と決めつけて封じ込めた。

 それが間違いだったと明確に言っているわけではないが、今回は選手たちの抗議行動を全面的にサポートするという、従来の姿勢から180度転換した態度を示したのだ。

 ブリーズ発言を絶賛し、相変わらずキャパニックを批判し続けるトランプ大統領への決別宣言ととらえてもいいだろう。

 

 NFLにおける白人選手と黒人選手の分断は避けられた。それだけではなく、NFLはリーグとして人種差別に反対する姿勢をあらためて強く打ち出すことに成功した。

 黒人を含むマイノリティー(社会的少数派)の人材の積極的登用をNFL自身が進めないと説得力が伴わないが、人種差別問題をめぐる分断という危機的状況は、とりあえず回避できた。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。1991年にジャパンタイムズ入社。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。「Pro Football Writersof America」会員。

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