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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.330

2020.5.21 13:10 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
レナウン「ローバーズ」が関学大を破って初めて日本一になった1986年の「ライスボウル」
レナウン「ローバーズ」が関学大を破って初めて日本一になった1986年の「ライスボウル」=旧国立競技場

 

 老舗のアパレル大手レナウンが経営破綻したというニュースに、同社の社員で構成したアメリカンフットボールチーム「ローバーズ」を思い出したスポーツファンも多いのではと推察する。

 

 「ライスボウル」がそれまでの東西大学オールスター対抗戦から、現在のような学生と社会人のナンバーワンが日本一を争う「日本選手権」に衣替えしたのは1984年大会からである。

 ローバーズは、社会人代表として89年まで6年連続でライスボウルに出場。86年には関学大を45―42で破って、社会人で初めて日本一の座に就いた。

 

 ライスボウルは通算1勝5敗。しかし84、87年は京大に1点差で敗れるなど、実業団チームの地位向上に大きく貢献してきた。

 80年代後半から90年代に入ると、都市銀行や電機メーカーが相次いでチームを立ち上げ、同時にクラブチームが台頭。一定の役目を果たしたローバーズは、表舞台から姿を消した。

 

 アパレル企業とアメフトの相性はいい。古くは「東京ヴァンガーズ」が、72年に初めて甲子園ボウルを制した法大の主力メンバーらを中心に存在感を示していた。

 ファッションの最先端をいくイメージと相まって、アメフト人気が高まった。

 

 大学の先輩、後輩が多く所属していたローバーズ。大学4年の秋、当時のレナウンの社長さんから熱心に誘われたこともあり、卒業後もその動向には注目していた。

 記者になって「これだけのメンバーがいるのだから、もっと練習してチームを強化してはどうか」という生意気な質問を何度となくしてみた。

 すると、当時のローバーズ監督は毅然としてこう答えた。「うちは仕事が最優先。その方針は変わらない」

 

 「一流の選手である前に、一流の社会人であれ」。鍛えた体をスーツで包み、颯爽と街を歩くローバーズの選手をよく見かけた。

 時代は日本アメフト界の転換期だった。その先頭に立ち競技の隆盛を支えた「おしゃれでシックな」ローバーズの面々は、間違いなくその時代の中心にいた。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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