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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.324

2020.3.12 12:06 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
2005年、東京・青山で当時の「全日本学生選抜」のメンバーが米田満さんと篠竹幹夫さんを囲む会を開催した
2005年、東京・青山で当時の「全日本学生選抜」のメンバーが米田満さんと篠竹幹夫さんを囲む会を開催した

 

 懇意にしている関学大アメリカンフットボール部OBの奥井常夫さんから届いた大きな封筒を開けてみると、中には50年以上前の新聞記事の切り抜きや写真が入っていた。

 

 貴重な「資料」は、奥井さんの大学時代の恩師である米田満さんが、大切に保管していたものである。

 2年前に卒寿(90歳)を迎えた米田さんのご自宅の「断捨離」を手伝った奥井さんが、思い出の詰まった資料の送り先に小欄を選んでくれた。ありがたいことである。

関学大監督時代の米田満さん(左)と奥井常夫さん(11)
関学大監督時代の米田満さん(左)と奥井常夫さん(11)

 

 米田さんは1949、50年の「甲子園ボウル」に関学大のQBとして出場し、連覇を果たした。

 卒業後は神戸新聞の記者として健筆を振るう傍ら、母校の監督、総監督を務め名門「ファイターズ」の礎を築いた。

 東大への〝国内留学〟も経験し、アメフト部の創部に貢献した日本フットボール界の功労者は、もちろん殿堂入りしている。

 

 東京五輪の熱気が残る1964年12月。米田さんはハワイに遠征した関学大と日大の選手が中心の「全日本学生選抜」の監督に就任した。コーチには当時30代の故篠竹幹夫元日大監督が名を連ねていた。

 ハワイ大との第1戦は0―40で完敗したが、1週間後の第2戦ではハワイ大OBチームを相手に28―10で歴史的な勝利を挙げている。

ハワイ遠征の模様を伝える新聞記事
ハワイ遠征の模様を伝える新聞記事

 

 全日本学生選抜にエンド(E)のポジションで選ばれた奥井さんをはじめ、当時のメンバーは今でも交流がある。

 遠征が縁で知り合った現地の女性と結婚し、ハワイに骨をうずめた日大OBのお墓には、定期的にお参りしているそうだ。

 

 時の移ろいを感じさせるセピア色の資料を一つ一つ手に取ると、記者として歴史をつぶさに観察し記録に残す一方で、指導者として勉強を重ね、後進の育成に力を注いだ米田さんのフットボールへの情熱が伝わってくる。

 

 見習うべく先人の足跡をたどりながら、「米田先生」から頂戴した励ましの言葉を、あらためて思い返してみた。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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