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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

ファイターズは「人生みたいなもの」 勇退の関学大・鳥内秀晃監督が記者会見

2020.1.9 11:13 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
記者会見する関学大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督=兵庫県西宮市
記者会見する関学大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督=兵庫県西宮市

 

 大学日本一を決める「甲子園ボウル」で関西学院大を12度の優勝に導き、就任28年目だった今季限りで勇退する鳥内秀晃監督(61)が1月8日、兵庫県西宮市の関学大施設内で記者会見し「1978年に入学して(コーチ、監督を含め)人生の3分の2を過ごしているので、人生みたいなもの。こんなに長くやるとは思わなかった。今は正直ほっとしている」と語った。

 

 関学大OBの鳥内氏は、コーチを経て1992年に監督就任。在任期間中、通算238試合で197勝38敗3分けの戦績を残し、2002年には日本選手権「ライスボウル」で社会人のアサヒ飲料を破って「ファイターズ」を日本一に導いた。

 

 指導方針の根幹に「人間教育」を据え「教えてきたのは、自分で考える力。間違えたことは絶対に受け入れない」を学生に徹底してきた。

 

 在任中、一番つらかったことを聞かれると、2003年の夏合宿中に部員の平郡雷太さんが急性心不全で亡くなったことを挙げ「人さまの大事なお子さんを守れなかった。指導法が安全第一に変わったのはその時」と振り返った。

 今後については「まだ休憩で、ちょっと時間がいる。何かできたらええなとは思っているけど、何も考えていない」と話した。

昨年12月の「甲子園ボウル」で、2年連続30度目の優勝を果たした関学大の鳥内秀晃監督=甲子園球場
昨年12月の「甲子園ボウル」で、2年連続30度目の優勝を果たした関学大の鳥内秀晃監督=甲子園球場

 

 記者会見での鳥内監督の主な一問一答は次の通り。

 ―このタイミングで退任を決めたのは。

 「ファイターズにはこれから5年、10年、20年と永遠に日本のフットボール界を引っ張っていってほしい。年齢を重ねる中で、引き継いでいかなければと思った。自分自身、長すぎたというのもある」

 ―一番うれしかったことは。

 「ファイターズはなかなかライスボウルで勝てなかったが、(2002年に)やっと勝てたのはうれしかった」

 ―アメフトの魅力は。

 「この競技は準備の段階で5割が決まる。学生と一緒に考えるのは楽しい。みんなが参加できて、試合に出なくても貢献できる。そういうところが面白いんじゃないか」

 ―若者を指導する人たちにメッセージは。

 「子どもたちはいろんなことに興味を持っている。好きなことをやらせたらいい。何をやりたいかを聞いてあげることが大切」

 ―アメフトから教わったことは。

 「せこさ、かな」

 ―今後アメフトに関わるのか。

 「何も考えていない。試合は見に行く。何かを求められれば発信する用意はある」

 ―ファイターズの新体制に望むことは。

 「学生の成長を手伝うことが大切。伝統の重みを考えてやってほしい」

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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