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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

「復帰は間違っていなかった」 宮川選手に確かめたかったこと

2019.12.2 16:29 生沢 浩 いけざわ・ひろし
関東1部BIG8で全勝優勝し、応援席に笑顔で挨拶する日大の宮川泰介選手=松嵜未来
関東1部BIG8で全勝優勝し、応援席に笑顔で挨拶する日大のDL宮川泰介選手(91)=松嵜未来

 

 筆者にはどうしても「彼」に確かめたいことがあった。「彼」とは日大フェニックス4年生のDL宮川泰介選手である。

 

 彼はフットボールを続けるという選択をしたことを後悔していないだろうか。

 宮川選手は1年半前、関学大ファイターズとの春の定期戦で当時2年生だったQB奥野耕世選手に対してプレー終了後に背後からタックルをし、世間を騒がせた「危険な反則タックル問題」の当事者となった。

 

 昨年5月22日にたった一人で臨んだ記者会見で謝罪をし、問題のプレーが起こった経緯を切実に語った。その場で宮川選手は自分の未熟さに対する責任を全面的に受け入れた上でこう述べた。

 「僕がアメフトを続けていくという権利はないと思っていますし、この先、アメフトをやるつもりもありません」

 

 大好きなフットボールをこのような形で断念にしなければならないことに心を痛め、また、こうした状況を招いた大人たちに怒りを覚えた。

 日大フェニックスは、関東学生連盟から昨秋のリーグ戦への出場資格停止処分を受け、外部から立命大OBの橋詰功監督を招くなど様々な環境変化があった。

 宮川選手もチームに再合流し、フェニックスの処分解除を受けて選手登録もなされた。

 

 検察の判断が長引いたために、今秋のリーグ戦が始まっても出場できない時期が続いた。

 それでも試合会場には副将として、またディフェンスリーダーの一人として献身的に活動する彼の姿があった。

 

 不起訴の判断が下されたのが11月中旬で、宮川選手が晴れて公式戦に復帰したのは11月17日の横浜国大戦だった。

 

 筆者はこの試合は残念ながら取材できなかったのだが、昨年夏の日大の練習再開日、宮川選手のチーム合流日、練習試合、今春の処分解除後初のオープン戦など節目で取材をし、宮川選手の姿を追ってきた。その都度筆者の心の中に、澱(おり)のようにたまっていたのが昨年の会見での彼の言葉だった。

 

 宮川選手にとって、フットボールに復帰することは並大抵の覚悟ではなかっただろう。一度は断念することを宣言しておきながら、それを翻す結果になったのだから。

 それに対する批判を甘んじて受けながらも、関東1部下位のBIG8への降格処分を受けたフェニックスが、1部上位TOP8に戻るための一助となるべく復帰への道を選んだ。

 あえてフェニックスに復帰して人目につく立場に自分を置き、チームの戦力として直接貢献することで彼なりの責任を果たし、けじめをつけたのだと筆者は解釈している。

 

 奇しくも西では奥野選手がQBを務めた関学大が甲子園ボウル出場権を手にした12月1日、日大は横浜スタジアムで桜美林大を下して全勝優勝を達成し、TOP8への昇格を決めた。

 TOP8の慶大がリーグ戦途中で不祥事を理由に出場を辞退したため自動降格となり、入れ替わりで日大がトップ8に上がる。

 入れ替え戦が回避されたため、宮川選手をはじめとする4年生にとってはこれが学生最後の公式戦となった。

QBサックを決めて喜ぶ宮川泰介選手=撮影:松嵜未来
QBサックを決めて喜ぶ宮川泰介選手=撮影:松嵜未来

 

 フェニックスにとっての今季の目標を達成した後にもかかわらず、メディア対応した宮川選手の言葉は自分に厳しいものばかりだった。

 この1年半がつらかったかと聞かれた宮川選手は「誰のせいでもなく、自分の未熟さでチームばかりでなく相手チーム(関学大)にも迷惑をかけた。今年は実質日本一にはなれない状況を作ってしまったことを申し訳ないと思っている」と語った。

 

 チームに復帰して優勝に貢献したことで、責任を果たしたと思うかとの問いには「責任を果たせたとは思わない、一つの段階を越えたというだけ」と答えた。

 

 そして、筆者は心に引っかかっていた疑問を彼にぶつけてみた。

 「フットボールへの復帰を決めたことは間違いではなかったと思いますか?」

 どんな質問にも即答してきた宮川選手が言葉に詰まった。しばらくうつむいて考える時間が続く。どんな思いが彼の心をよぎったのか。

 やがておもむろに顔をあげた宮川選手は、質問した筆者の目をじっと見据えて答えた。「間違っては…いなかったと思います」

 

 筆者が記憶するかぎり、これは「あの日」以来、宮川選手が初めて公の場で自分を肯定した言葉ではないかと思う。そして、これこそが筆者の聞きたい答えであった。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。1991年にジャパンタイムズ入社。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。「Pro Football Writersof America」会員。

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