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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

CA経験「人間の幅広がった」 元関学大TE樋之本彬さん

2019.7.2 16:01
関学大ファイターズ時代のヘルメットを持つ全日空の樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影
関学大ファイターズ時代のヘルメットを持つ全日空の樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影

 

 記者として続けていることに「書店回り」がある。所狭しと並ぶ本や雑誌は、タイトルや表紙を流し見するだけでも世の中の流行や課題を示唆してくれる。

 インターネット全盛の中、職業人としての作者や編集者らの手が加わった文字情報の確度は、ネットの情報を上回る。より実践的に取材に役立てるために手に取るのは、業界誌だ。

 

 記者といっても、数年ごとに変わる分野の大半は門外漢。業界誌は、その分野の最低限の知識を頭に入れるのはもちろん、時には業界人にとっては当たり前の内容でも、少し視点を変えたり内容をよりかみくだいたりすることで、その分野に馴染みのない新聞読者にとっても「へぇ~」となる新聞記事に化けることもある。

 もちろん、感度が鈍い記者である私にとっては、そのようなネタにはなかなか出会えないというのが実情でもある。

 

 前置きが長くなった。その意味では、「彼」については確実に新聞記事になる、という直感に疑いの余地はなかった。

 というのも(スポーツのコーナーではなく航空業界のコーナーに)平積みされていた業界誌の表紙を飾る「彼」のインパクトが強烈だったからだ。

航空業界誌の表紙を飾る樋之本彬さん(右)
航空業界誌の表紙を飾る樋之本彬さん(右)

 

 「彼」とは、全日空に勤める樋之本彬さん(26)。「週刊TURNOVER」の読者なら「関西学院大学ファイターズで活躍したTE」と書けばピンとくる方も多いだろう。

 大阪・豊中高校でアメリカンフットボールを始め、ファイターズでは4年連続で学生日本一を経験。2015年、総合職として全日空に入社した。

 

 188センチ、95キロの体格を生かし、ブロッキングやパスターゲットとして活躍した「戦士」が、防具を脱いで日本人男性では珍しい客室乗務員(CA)として笑顔で制服をまとった理由は何なのか。

 記者として、学生時代からのファイターズファンの一人として、聞かずにはいられなかった。

2014年12月、関西学院大アメリカンフットボール部で大学日本一を達成した樋之本彬さん(右)=兵庫県西宮市の甲子園球場(本人提供)
2014年12月、関西学院大学アメリカンフットボール部で大学日本一を達成した樋之本彬さん(右)=兵庫県西宮市の甲子園球場(本人提供)

 

 「専門性の塊の航空会社で、現場を知ることで課題を自分の口で語れるようになりたかった」

 全日空では2002年から、総合職社員の若干名がCAを経験する仕組みがあり、樋之本さんはそれに志願した。

 

 関学大時代はアルバイト経験もなかった樋之本さんが飛び込んだ接客の最前線。実感したのは「CAの観察眼のすごさ」だという。

 「初対面の乗客の一つのしぐさからニーズを察し、さりげなく提供している」

 先輩CAからは「乗客との距離感を見誤ることもあるかもしれないけど、相手のことを思っての行動ならチャレンジしてみよう」とアドバイスを受けた。

 女性CAの中にいる大柄な男性CAということで、乗客に見られている前提で何よりも笑顔を意識した。

全日空の同僚CAの中でもひときわ大きな体格の樋之本彬さん(左から2人目)
全日空の同僚CAの中でもひときわ大きな体格の樋之本彬さん(左から2人目)=2019年1月撮影、全日空提供

 

 試行錯誤の中で、アメフットの経験が生きた。ファイターズでは、あらゆる試合展開を想定し、無数のプレーを体と頭にたたき込んで試合を迎える。

 「航空機は、路線や時間帯によって便ごとに乗客の層やニーズが異なる。ビジネスマンが多かったりレジャー客が多かったり、早く休みたい乗客が多かったり」

 過去のフライトの経験を思い返し、乗務する便の乗客のニーズに仮説を立て、接客に臨んだ。

 ベストの対応が取れなくても、セカンドベストを模索した。もちろん、その体格を生かし、頭上の棚への荷物の出し入れの際はひっぱりだこだった。

全日空のCAとして、体格を生かして頭上の棚への手荷物の出し入れで活躍した樋之本彬さん=2019年1月撮影、全日空提供
全日空のCAとして、体格を生かして頭上の棚への手荷物の出し入れで活躍した樋之本彬さん=2019年1月撮影、全日空提供

 

 ファイターズでは、一つのプレーミスに200人超の選手、スタッフから厳しい声が飛んだ。

 日本一を目指すチームの一員として、まわりを納得させられるだけの言動が求められた。

 「ヘラヘラ笑うのを許さないというか。自分も、切羽詰まった雰囲気だったと思う」と振り返る。

 

 CAとしての経験は、樋之本さんを無意識に変えていた。

 「表情が豊かになった」。就職後、チームメートと再会した際に言われた言葉だ。

 樋之本さん自身も「この後、予定がありそうなだ」などと、自然と相手を気遣うようになっていた。

 「そういうホスピタリティーは、学生時代の自分にはなかった。人間の幅が広がったのかなと思う」と話す。

 

 2019年春からはCAの現場を離れ、羽田空港のオフィスでCAのスケジュール管理を担当している。

 「ファイターズ時代は、厳しい言葉でも思ったままチームメートに投げかけていたが、今の職場では伝え方が大事だと実感している」

 全日空グループに計約9000人いるCAの一人一人に、いかに気持ちよく乗務をしてもらうか。それが会社としての品質向上につながるとの思いからだ。

 「乗務する便の変更を伝えることは日常茶飯事だが、それが必要な理由を丁寧に説明し、納得して乗務してもらいたい」と話す。

CAのスケジュール管理を担当する全日空の樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影
CAのスケジュール管理を担当する全日空の樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影

 

 ファイターズの鳥内秀晃監督は、選手との面談で「どんな男になんねん?」と問うという。

 これからどんな社会人になりたいのか尋ねると、樋之本さんは「パイロットや整備士の現場はまだ知らない。若いうちに多様な知識と価値観を身につけて、やがては全体を踏まえて組織にとって何が最適か判断できるようになりたい」と答えた。

 質問に対し、時に考え込み、そして自信を持って答える様子は、鳥内監督が掲げた「部活は人間教育の場」を体現しているように感じた。

 

 事前に準備した質問リストの中に、聞くべきか迷っていたぶしつけな項目があった。取材の終盤、樋之本さんの誠実な受け答えに甘えて、その質問をぶつけてみた。

 「就職活動で、ほかの航空会社は受けなかったんですか? 例えば、JALとか………」

 

 アメフットでも航空業界でも「青と赤」、ファイターズと日本大学フェニックス、全日空と日航は、長くライバル関係にあることを念頭に置いたものだ。

2013年の甲子園ボウルで、日大の選手のタックルを飛び越えて前進する樋之本彬さん(84)=関西学院大学アメリカンフットボール部提供
2013年の甲子園ボウルで、日大の選手のタックルを飛び越えて前進する樋之本彬さん(84)=関西学院大学アメリカンフットボール部提供

 

 樋之本さんが関学大で学んでいた4年間で、ファイターズは4度の甲子園ボウルのうち3度をフェニックスと戦っている。ここでも、樋之本さんの答えは明快だった。

 「受けましたが、面接で落ちました」

 

 取材の帰り道、乗客に混ざってCAも行き来する羽田空港のロビーを歩きながら、樋之本さんが青色ではなく赤色を取り入れた制服をまとった姿を想像してみた。

 結論を出すのに時間はかからなかった。やはり彼には、昔も今も青色がよく似合う。(共同通信社 社会部記者・丸田晋司)

羽田空港のオフィスでCAのスケジュール管理を担当する樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影
羽田空港のオフィスでCAのスケジュール管理を担当する樋之本彬さん=6月6日、羽田空港で撮影

 

 

 

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