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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

解雇か残留か、シビアな練習試合 自身が綴る中村多聞物語70

2019.4.25 10:00 中村 多聞 なかむら・たもん
Xリーグのノジマ相模原ライズで一緒に選手を指導している加藤慎也コーチ(左)と筆者
Xリーグのノジマ相模原ライズで一緒に選手を指導している加藤慎也コーチ(左)と筆者

 

 ▽1999年3月18日

 フロリダ合宿も数日が経ち、毎日続くハードな筋肉痛と例の「スネ痛(シンスプリント)」で心が病みかけているところに、新しい問題がやって来ました。

 朝ベッドで目覚めると、腰のあたりが痛すぎて起き上がることができません。何かの間違いだろうとストレッチみたいなことをしてみても駄目。立ち上がるだけでとてつもないエネルギーを要します。

 この2時間後には、プロのアスリートたちに激突する運動が待っているのにとても困りました。

 

 仕方なく、今まで縁がなかった「トレーナーの部屋」を訪れました。いわゆる治療所ですね。

 最悪の場合、病院行きとかになればしばらく食事ができない可能性もあるので、先に大好物ばかりが並ぶ朝食をたらふく食べてからにしました。

 

 英語で痛みの症状を告げるなどという勉強は一切していませんでしたので、体の部位を言うだけでも精いっぱい。「ソアー(SORE)」と前に誰かが痛そうにした時に叫んでいたのを覚えていたので言ってみました。おー伝わった。

 「ロウワーバックがソアーやねん。ペインやねん。起きたらめっちゃソアーやねん」

 じゃあどう痛いのか、なぜ痛くしたのかとまたまた深い英会話を求められます。普通に寝てて、さっき起きたら痛かったと言うだけでそりゃもう大変です。

 なんとか伝えてすぐに治してもらわないと練習に行けませんから、早い事「ゴキゴキッ」みたいなのをやってもらいたかったのですが、トレーナーらの処理はとりあえずうつ伏せに寝て温かい何かを腰に乗せそこでブザーが鳴るまで寝てろでした。

 

 30分ほど経ち「ブー」とブザーが鳴り、トレーナーが近寄って来て「どやタモン、治ったか?」。

 腰を温め動きやすくなっていたので「うん、オッケー。治った!」と言って治療台から飛び降りたらさっきまでより激しい痛みが襲って来ました。

 「イター!」と叫ぶ僕にトレーナーは笑いながら「タモン。スリープファニーや!」と言いました。

 

 「スリープファニー?(SLEEP FUNNY)」「イエス。ククク」

 うーん。寝転んで動けない今の僕を揶揄してそう言ってるのか、病名なのか? どうやら病名なようで、2019年現在、ネットでこの言葉を検索しても出て来ません。

 

 日本語ではおそらく「寝違え」が適当だと思います。ただ、この「寝違え」か「ぎっくり腰」かわかりませんが、4日も練習を休んでホテルで寝ていました。

 気を付ける方法もないので、これからアメリカにチャレンジされる皆さんは是非、けがや病気の症状を伝えられるようになっておくといいかもしれませんが、ヘタクソがけがをしても心配してもらえないことの方が悲しいかもしれませんね。

 

で、おかげで「スネいた」も完治し「寝違え」もスッキリ消滅。5日目に練習復帰してからは何事も無かったかのようにスクリメージを楽しみました。

 

 ▽1999年3月22日

 今週末からはNFLヨーロッパ(NFLE)全6チームとも対外チームとの対戦型スクリメージ(ルールはマジのタックルだったりそうでなかったりといろいろ)が行われます。

 これはNFLで言うところの「プレシーズンマッチです」。日本風に言うと練習試合であり、オープン戦みたいなものです。

 2週間で4ゲームというか対戦が企画されていて、選手にとっては自分の力をどれだけ発揮できるかを競い合う重要なイベントです。

 NFLのマイナーリーグで雇用されるか解雇か、人生の分かれ道になる重大なスクリメージですので、当確線上ギリギリの選手は緊張感にあふれています。

 

 チームでは、これまでの2週間でレギュラーシーズン向けに用意された作戦だけを練習して来ています。

 プレシーズンマッチでは勝敗はあまり関係ないとはいえ、作戦をそれほど隠さずに練習試合に臨むのですが、この辺りも僕の知っている多くの日本のチームとは感覚が違っています。

 選手たちがいかに「目前の敵との格闘に集中できるか」に的を絞ったシンプルなスキームが用意されています。

 

 僕も出場するこの練習試合、昨年はマグレだけがただ一つの希望でしたが、今年はビビらずにガッツリと勝負したいので「SLEEP FUNNY」からよみがえったあとは「アメリカ人プロと勝負!」という大それた企画を自分の中でしっかり作りこみ、毎日の練習で学びと上達を繰り返していました。

 

 ▽1999年3月27日

 いよいよ対外スクリメージです。ディフェンディングチャンピオンの我々の最初の相手は、新参チームである「ベルリン・サンダー」です。

 ロンドンのチームが人気低迷を理由に消滅した代わりに登場しました。おかげでロンドンへの遠征がなくなってしまったのは残念です。昨シーズン、初めて試合でボールを持たせてもらった記念すべきチームでした。

 

 フロリダ州オーランドでのイベントならではの場所「ディズニーワールドスポーツ広場(だったような)」で開催されるベルリン・サンダーとのスクリメージも催しの一つだったのでしょうけれども、フィールドから少し離れた芝生の上でスーパースターを近くで見る機会がありました。

 

 プロ入りは僕と同期の1998年。ドラフト1位でNFLのインディアナポリス・コルツに入団したQBペイトン・マニング君が、記者に囲まれフォトセッションをしていました。

 身長2メートル近い大きな体で、おでこが長く顔つきがそれほど精悍でもなかったので、最初は昨年のスーパールーキーだと気付かず「この弱そうな奴誰やったかいな? どっかで見た覚えがあるようなないような。あああー、マニングや!」と通り過ぎてから後悔しました。ヘルメットにサインしてもらえば良かったと。でもこれから練習だしペン持ってないよ……。

コルツ時代のQBペイトン・マニング(AP=共同)
コルツ時代のQBペイトン・マニング(AP=共同)

 

 話を戻しまして、今回のキャンプも昨年同様にNFLから招かれている日本人コーチの姿も多くあり、知った顔のコーチの前で恥ずかしい姿を見られる恐怖はとても複雑でした。

 

 その中でもこのスクリメージを終えた後に、いろいろとアドバイスをしてくれた方が、現在ノジマ相模原ライズでスペシャルチームコーディネーターをされている加藤慎也さんでした。

 加藤さんは日体大OBで、最強時代はオンワード・オークスで玄人受けする本格派フルバックとして名を馳せた名選手でした。

 テレビで放送されるビッグゲームでの活躍を見て憧れた僕のアイドルの一人です。

 

 それほど面識があった訳ではありませんでしたが、頂戴したアドバイスは今でも若い選手たちに指導する時に使わせてもらっています。内容は非公開ですが。

 

 今回のベルリン・サンダー戦の詳細は記録していないので今となっては不明なのですが、まあ少しは日本人ランニングバックとしての世界ランキングを上げられたのではないかなという程度でした。

 

 前述したように、このスクリメージは選手とチームが契約を続行するか打ち切るか、トレードなどの判断材料となります。

 期待に応えられなかった選手は解雇。生き残った人もまた3、4日後の次回まで延期されただけということになります。

 

 クビになった選手は翌朝早くに宿舎を出ていき、チームミーティングに姿を現さないので残った選手が「あ、あいついないわ」となる世界です。

 今年から日本のXリーグも登録選手数に制限が設けられ、非登録者は練習生としてもチームに残れなくなるというルール変更がされるようなことを聞きました。

 

 全てのエネルギーをフットボールに注ぐ熱い選手でないと生き残れない仕組みは、甘い人を淘汰できますし、競技レベルも向上します。

 ノジマ相模原ライズは現在、パールボウルトーナメントでの決勝進出を目指し、モリモリと仕上がって来ております!

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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