メニュー 閉じる
スポーツ

スポーツ

週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

NFL挑戦2年目は好スタート 自身が綴る中村多聞物語66

2019.3.21 10:00 中村 多聞 なかむら・たもん
チームのストレングストレーナー(左)と多聞さん
チームのストレングストレーナー(左)と多聞さん

 

 ▽1999年3月9日

 関西空港からドイツに到着。NFLが用意してくれているホテルに宿泊します。夕食はレストランで食べ、ビールもたらふく飲みました。

 何といってもお代はNFLが払ってくれますので、僕は伝票にサインするだけです。「そんなことして、後で請求来たらどないしますのん」と河口正史氏にたしなめられても「飲まな損や!」とばかりにガブ飲みしてやりました。もちろん請求は来ませんでしたので飲み得でした。

 

 ▽1999年3月10日

 翌朝はドイツ人選手ら10人ほどと一緒にフロリダ州オーランドへ到着。集合場所のホテルには昨年度と同様6チームのプレーヤー全員がウジャウジャと集まっていました。

 プロチームの仕組みは、毎年解散してまた翌年に集まり新チームでスタートする、と言った方がわかりやすいと思います。入団が古いと「兄さん」や「センパイ」となる日本と違い、よほどのフランチャイズプレーヤーでなければ全員同格になります。ご存知の通り年齢での上下関係もありません。

 

 「ラインファイアー99」という昨年とは違うチームが結成されるというわけです。例によってメディカルチェックが始まっています。

 半裸の超マッチョマンらが約500人ウロウロする光景を見るのも1年ぶり。しかし昨年のように「こんな奴らと戦えるはずがない!」と弱気になることもなく「こいつらの筋肉は見せかけだけ、強さは同じ。何なら根性は俺の方が上じゃ!」くらいの意気込みで裸の団体に貧弱な体で突入しました。

 

 昨年は気まずくて恥ずかしくて困惑した「白衣のオッさんにジーッと見られながらの尿検査」も緊張せずサクッと完了。雑誌1冊分くらいの契約書全てのページに目を通しサインする作業も、今年は英文を読まずにサササと済ませ、貴重な休憩時間を有意義に過ごすためすぐに部屋へ戻りました。

 

 昨年のルームメートは風呂に入らないドイツ人のオーレくんでしたが、今年は普通のアメリカ人。「日本からきたRBのタモンだよ。今年で2年目、よろしくね!」なんて挨拶してミーティングに向かいました。

 

 プレーヤー80人強、監督、コーチ6人、スタッフ4人、トレーナー3人のおおよそ100人で構成され、プレーヤーはここからカットされるのでヨーロッパに行く時には確か53人に絞られます。トレードや解雇、ここからの30日で悲喜こもごもなドラマが生まれます。

 

 昨年のチームにいた顔なじみは約10人。つまり優勝メンバーですね。おじいちゃん監督のホール・コーチが「おい、おんどれら、今年も優勝目指して頑張るで! 気合い入れろや!」なんて感じでチーム最初の全員集会は終了し、オフェンスとディフェンスに分かれてミーティングです。

 そのあとはバスで10分ほどのグラウンドに行き、軽く運動してホテルに戻って夕ご飯。23時までミーティングで就寝。明日からは恐怖の午前、午後練習が始まります。昨年同様、1回目のオフ日がいつなのかはアナウンスされませんでした。

 

 ▽1999年3月11日

 日本を出発して3日目。最高の食事ばかり提供される幸福が僕のやる気を増幅させています。

 3食の全てが食べ放題。農耕民族が胃袋の隙間を埋めるために開発された「ライス」などは出てきません。

 お腹いっぱいになるまで肉類を食べ続けられるのです。何だかよく分からない野菜の料理にも肉が入っています。

 もちろんピザやハンバーガー、ホットドッグなんかも出てきますので、僕にとっては完全なる楽園です。しかも大好きなフットボールで給料がもらえるのです。

 この時点で東洋人が到達できる最高峰でRBをしていればお金がもらえるなんて、こんな幸運はありません。僕のような人間性でも感謝の気持ちが心の底から湧いてきました。

 

 しかし、これから恐らくやって来るだろう「スネ痛(シンスプリント)」への恐怖は残っています。

 日本で立てたシュミレーションでは「引っ掛かりの悪いシューズで練習し負担を減らす」でしたが、引っ掛かりが悪いと動きのキレも悪くなり「鈍くて遅い奴」というレッテルを貼られてしまう恐れもあります。

 しかし、ギュンギュンに引っ掛かるシューズで飛ばしまくってズーッと「スネ痛」に悩まされるのも怖すぎます。

 チーム関係者からの評価か「スネ痛」かを直前まで選ぶことができませんでしたが、やっぱり「スネ痛防止」を優先することにしました。

 

 「メディアデー」以外は、チーム支給のシューズ以外の使用が許可されていましたので問題はありません。

 フカフカに生い茂る天然芝で引っ掛かりの悪いシューズでプレーした経験はありませんが、なるべく滑らないよう低重心に注力して丁寧に走ればどうにか行けるだろうと決心しました。

 

 セットプレーや各種ドリルなどコーチ(RBコーチはホール監督が兼任ですからすごいプレッシャーです)の見ている時にスリップダウンしては駄目ですので、練習前に素早い動きから急ブレーキや激しいカットを踏んだりして、シューズとフカフカ天然芝の相性をチェックです。

 どんな速度でどの角度まで体を倒したらスリップするのかのデータ取りからです。実際にスリップし始めてから荷重が抜けるまでの感触と時間、前後の動きと横への動き、コケまくってコケまくって徹底的に試したところ、結構イケることが判明しました。

 フカフカの天然芝にゴム底の小さなイボイボが結構食い付くのです。しかも少しの遊びがあるので足への負担は確実に軽減されると見ました。

 

 体もかなり作ってきていたので万全。これまでの自分でイチバンのコンディションです。「コリャ今年はイケるで! NFL入り確実やな俺!」と調子に乗る僕でした。

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

最新記事