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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.275

2019.3.14 14:42 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
2017年のライスボウルで優勝し胴上げされる藤田智さん=東京ドーム
2017年のライスボウルで優勝し胴上げされる藤田智さん=東京ドーム

 

 今思えばあの時、既に気持ちは固まっていたのだろう。

 3年連続で日本選手権(ライスボウル)を制したXリーグの強豪・富士通の藤田智さんが、14シーズン務めたヘッドコーチ(HC)を退任した。代わりに、米国へのコーチ留学を終えて帰国した山本洋氏が就任した。

 

 ライスボウルが終わって2週間後。ここ数年恒例になっている二人だけの飲み会で、藤田さんはいつになくリラックスしていた。

 大好きなビールを豪快に飲み干し、大いに語る。勝負師のつかの間の休息。そこに取材者と取材対象という関係は存在しない。

 

 チームのホームページに何気なく掲載された「HC交代のお知らせ」。退任する理由を聞くと「山本コーチが、アメリカでたくさん学んで帰ってきてくれたこのタイミングが一番」という答えが返ってきた。

 2019年シーズンは、フロンティアーズの「シニアアドバイザー」として、選手のリクルートなどを担当するそうだ。

 

 藤田さんと初めて話をしたのは、ちょうど20年前の1999年。

 その夏、イタリアのパレルモで開催された第1回ワールドカップ(現世界選手権)に、アサヒ飲料のHCだった藤田さんは日本代表のオフェンスコーディネーターとして参加、優勝に貢献した。

 当時はまだ31歳。チームの移動のバスで隣に座って話しかけても返事は素っ気なく、「生意気な男」というのが第一印象だった。

 

 京大時代、2年先輩に「怪物」と呼ばれたQB東海辰弥さんがいて、日本のフットボール界をリードしていた。

 スターQBが去った後、司令塔役を任された藤田さんは3、4年時に関学大に敗れ甲子園ボウルには出場できなかった。

 大学の選手時代の話になると「QBなんてやるもんじゃありませんな」と、吐き捨てるように言っていた。

 

 藤田さんのコーチとしての歴史は、反骨心によって形成されてきた。

 留年して5回生コーチになったのを契機に、森清之さん(現東大HC)と二人三脚で当時の水野彌一監督を支え「ギャングスターズ」を日本一に導いた。

 

 苦しい台所事情で何とかやり繰りしながら「勝てるチーム」を作り出す。藤田さんのコーチとしての生きがいのようなものはそこにあったはずだが、富士通では違った。

 既にある程度出来上がった選手に理論や技術を授け、適材を適所に配置する。

 そんな姿に「藤田さんは、こういうチームを教えていて本当に面白いのだろうか」と、疑問を投げかける京大OBの声を聞いたことがある。

2017年のライスボウルで、選手から手荒い祝福を受ける藤田智さん=東京ドーム
2017年のライスボウルで、選手から手荒い祝福を受ける藤田智さん=東京ドーム

 

 今回のHC退任が、そのままコーチとしてのキャリアの終わりを意味するわけではないと思いたい。

 51歳。指導者としては、これから脂が乗る時期でもあるのだから。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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