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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

いざフロリダへ! 自身が綴る中村多聞物語65

2019.3.14 12:00 中村 多聞 なかむら・たもん
多聞さんが大阪で経営していた「タモンズバー」
多聞さんが大阪で経営していた「タモンズバー」

 

 2017年5月25日以来の「多聞物語」です。まだお読みでない方は、僕がまとめておいたブログにアクセスしてぜひバックナンバーをチェックしてください!

http://blog.livedoor.jp/tamons_style_archive/archives/1012229206.html

 

 ▽1998年12月7日

 NFLヨーロッパ参戦を許される日本人選手発表の記者会見のために、勤めていた会社を休んで東京に行きました。

 コミッショナーからの「昨年度の優勝リングを持ってこいよ」という命令に従い、当時の日本人選手で唯一僕だけが持つこのリングを指にはめ、会見用に誂えたスーツを身に纏い颯爽と記者会見に出席しました。

 

 当日まで他の合格者のことは知らされていませんでした。まあ当然合格のLB河口正史氏(当時25歳)は3シーズン目。そしてルーキーで当時鹿島建設ディアーズのRB堀口靖氏(28歳)もその一人です。

 とっくの昔から超のつくスーパースター。立命館大では河口氏の少し先輩で、とにかくエゲツない走りを見せる大物RBです。

 そしてもうお一方はマイカルベアーズからQBの辻治人氏(東海大卒、当時27歳)が選出されていました。こちらも昔から有名人です。

 

 堀口氏とは前年度の日本代表で一緒だったので面識はあり、辻氏は同じ関西エリアでライバルチーム同士でしたが、お互い名前を知っているだけで会話をしたのはこの時が初めてでした。

 彼らは初年度ではありますが、僕なんかよりもずっと昔からトップリーグで戦ってこられている経験豊富な猛者です。

 鹿島建設と僕が所属していたアサヒ飲料は前週の準決勝で敗退し、10日後に控えた社会人決勝には出られない同士で惨めに慰め合いました。

 ヨーロッパでの所属チームが正式に決定するのは3月の渡米前ですので「それまでお互いにしっかり体の調整をして、万全の状態でキャンプに臨もうね」なんて話をしました。

 

 プレーオフで敗退したアサヒ飲料はオフになり、僕が経営していた「タモンズバー」もこの時期に開店。

 まだ会社には勤めていたので毎日がとても忙しくなりましたが、2年目のヨーロッパチャレンジで準備の仕方も昨年とは違ってただガムシャラにやるのではないやり方で約3カ月の準備期間を過ごしました。

 

 この年のアメフト界はどんな年だったかを思い出していただきやすいように説明をしますと、社会人チャンピオンシップ、当時の「東京スーパーボウル」(現ジャパンエックスボウル)は、リクルート・シーガルズがアサヒビール・シルバースターを圧倒し2度目の優勝をしました。

 学生王座決定戦の「甲子園ボウル」は、平井英嗣監督が率いる立命館大が法政大に逆転勝利。NFLの「スーパーボウル」ではデンバー・ブロンコスが2連覇しQBジョン・エルウェーがMVPを獲得。ルーキーのペイトン・マニング(インディアナポリス・コルツ)はたったの3勝でシーズンを終えていた、といった感じの年代です。懐かしいですねー。

 

 僕は朝から会社に行き、昼休みの暖かい時間帯に(真冬ですので)公園やグラウンドでランメニューをこなし、午後も仕事して夜はジムでウエートトレーニングとカーディオのトレーニング。そして20時開店24時閉店のタモンズバーで勤務し終電で帰宅。

 この暮らしを50日ほどしたところで勤めていた会社を辞めることになり、時間的拘束から解放されバー経営が一気に良い方に向かいます。

 朝はゆっくり起き、日没までトレーニング。通勤用にスクーターを買ったので終電も気にせず商売に打ち込めます。年末ですしお客様は毎日たくさんお越しくださいました。

 

 年が明け、だんだんとキャンプの時期が近づいてきました。昨年の失敗は「とにかくワケがわかっていなかった」ので、キャンプ初日からアクセル全開でバリバリやり過ぎました。

 あっという間に疲労が溜まり「シンスプリント」というスネが痛くなる病気というか癖が出てしまいました。

 体重の軽い子どもの頃から3日ほど連続で激しく走ると出てくる痛みで、痛みには鈍感で強い耐性を持っているはずの僕も泣いてしまうような痛みです。

 

 これを防ぐには今となってはネットで山ほど解決策が出てくるのですが、当時はせいぜいアイシングして湿布を貼る程度でした。

 整骨院や鍼治療などは高額なので、超のつく低所得者だった僕には叶わぬ夢でした。

 

 3日の運動で足が折れているとしか思えないような痛みが24時間両足のスネに留まるのですから始末が悪いわけです。

 そしてNFLヨーロッパの合宿はNFLと同じくなんと30日間も続きます。

 チームによってスケジュールはバラバラですが、たいていは午前、午後の2部練習が基本で、夕食後は消灯時間の23時ギリギリまでミーティングが続きます。

 まあどこのチームの合宿も同じようなものでしょうけれど、30日はエグすぎます。

 休みは決められておらず、当日や前日に突然「明日練習休みで夜のミーティングには集まれ」なんてアナウンスされます。開放感で選手たちがハメを外すほどの遊びに行けない仕組みです。

 

 とにかく30日間の合宿に対応できる体力とスネを養うため、どうすれば良いかなんてわかりません。

 必死にかき集めたいくつかの少ない情報だけを頼りに、自分の体で実験を繰り返して強さと速さを手に入れてきたので、この「スネ痛」にもきっと勝てる体を作れるはずだと信じ込み、とにかく日本でたくさん走ってみました。すると3日目に襲ってきました「スネ痛」が。

 

 でも安静にしていればあっという間に治ります。スポーツに向いていない体質なのかもしれませんが、こちとらプロにまでなってますので今更やめるわけにも行きません。

 痛みに向き合って我慢するしかありません。

 

 そのためにも毎日体を動かし、フットボールの実戦練習をさせてもらうために桃山学院大のご好意で練習に1月ほど参加させてもらい、渡米の準備は着々と進みました。

 どうやらシューズにも原因があるような気がしてきました。NFLヨーロッパの練習は基本天然芝で行われます。なのでついついしっかり食い付くスパイクを使ってしまいたくなるのですが、今年はあえて人工芝用のスパイクを少し削って滑りやすくカスタムしました。

 そうすることによって転倒したりスリップしたりは増えますが、足への負担が軽くなるのではという試みです。

 

 そしていよいよ日本を離れる日が来ました。今年も昨年同様関西国際空港から河口氏と一緒に関空~ドイツ1泊~アメリカの地球逆回り旅行です。

 リーグのスポンサーだったルフトハンザ航空に日本からアメリカへの直行便がなく、仕方ない遠回りです。

 

 合宿地はディズニーワールドで有名なフロリダ州オーランド。僕の所属チーム「ラインファイアー」はセントラルフロリダ大学でのキャンプです。

 セントラルフロリダ大といえば、この年の(1999年)ドラフト1巡指名のQBダンテ・カルペッパーで有名ですね。

 僕も滞在中にメディアの取材を受けているところを見ましたが、とても大きな人でした。

 

 次回はフロリダでの合宿についてお話しできればと思います。

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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