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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

「ビクトリーフォーメーション」、それはエースのために

2018.12.17 17:07 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
関学大の最後の攻撃でフィールドに立つエースRB山口=撮影:山口雅弘
関学大の最後の攻撃でフィールドに立つエースRB山口=撮影:山口雅弘

 

 12月16日、阪神甲子園球場で行われた「第73回甲子園ボウル」。残り試合時間26秒で37―20とリードしていた関学大は、一人の選手をサイドラインからフィールドに送り出した。

 4年生のエースRB山口祐介が、右脚を引きずりながらハドルの輪に加わった。

 

 早大ゴール前に迫っていた関学大は、第4ダウンの前にタイムアウトを取る。出した結論は、追加点を狙うのではなく、これまでチームを牽引してきた山口のための舞台を用意することだった。

 「ビクトリーフォーメーション」。勝利を確実にしたチームが、ボールを相手に渡さないことを最優先にする攻撃隊形だ。

 

 仲間の肩を借りながらRBの位置についた山口の前で、主将のQB光藤航哉がゆっくりと膝をつく。

 「34番」がボールを持つことを期待した、三塁側の関学大応援席からため息と歓声が聞こえた。

 第4ダウンなので攻撃権は早大へ移ったが、その攻撃を難なく抑えてタイムアップを迎えた。

チームメートに指示を出す関学大のエースRB山口=撮影:武部真
チームメートに指示を出す関学大のエースRB山口=撮影:武部真

 

 山口は、関西学生リーグのライバル立命大との全日本大学選手権の西日本代表決定戦(12月2日・万博記念競技場)で負傷した。

 ロッカールームでの医師の見立ては、甲子園ボウル出場は難しいというものだった。

 

 けがが少ない選手だった山口は「高校からフットボールをやってきて、さあ集大成という時に、なんでやろうと思った。つけが回ってきたのかな」と苦笑いした。

 だが、すぐに気持ちを切り替えた。「精神的に落ち込んだ時期もあったが、僕にできることは後輩に託すこと。自分の持っている技術や知識を伝えた」という。

 

 「ビクトリーフォーメーション」のメンバーは、控え選手を含め11人全員が4年生だった。

 「その前のプレーで(RBの)富永(将史)がタッチダウンしていたら、僕の出番はなかった。でもそれで自分に出番が回ってきたことを、みんなが歓迎してくれた。正直な気持ちを言えば先発で出場したかったが、後輩たちが頑張ってフィールドに立たせてくれた。最高です。涙が出ました」

 

 初めて彼を見たのは、横浜栄高時代。

横浜栄高時代のRB山口=撮影:seesway
横浜栄高時代のRB山口=撮影:seesway

 慶大の日吉グラウンドで「44番」を付けた山口はエースRB、守備のLB、キックオフ、パントのリターナーと文字通りの〝60ミニッツマン〟としてチームの屋台骨を支えていた。

 

 関係者から関学大への進学を決めたことを聞き、その時からきっと活躍するだろうと確信していた。スマートな受け答えが印象に残っている。

 

ニーダウンする関学大QB光藤(10)=撮影:武部真
ニーダウンする関学大QB光藤(10)=撮影:武部真

 後半、小雨が降りだした甲子園球場で「青の戦士」はそれぞれの選手の体に山口が書いた「34」の文字に後押しされるように闘志を振り絞り、勇敢に戦った。

 2年ぶり29度目の優勝。昨年、ライバル日大に敗れたチームは4年生を中心にまとまり、再び王者のプライドを取り戻した。

 

 次は来年1月3日に東京ドームで開催される日本選手権(ライスボウル)で、社会人チャンピオンに挑む。

 

 ライスボウルに山口が出場できるかは微妙だ。勝てる確率も低い。しかし、関学大には何かを期待してしまう。

 仲間を信じ、スタッフを含めた全員が勝利を目指して死力を尽くす。他大学が憧れリスペクトしてやまない「KGファイターズ」とは、そういうチームなのである。

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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