メニュー 閉じる メニュー
スポーツ

スポーツ

週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

クラス分けは対戦相手次第 理にかなった米大学フットボール

2018.7.25 12:20 丹生 恭治 にぶ・きょうじ
全米で常にトップクラスの実力発揮している白いジャージーのアラバマ大(AP=共同)
全米で常にトップクラスの実力発揮している白いジャージーのアラバマ大(AP=共同)

 

 これまで、全米大学体育協会(NCAA)の規模、組織について語ってきた。次はその1部だ2部だというクラス分けについて述べておかないと、誤解が生じてくる。

 つまり、米国大学のクラス分けは、入れ替え戦などで上下を入れ替える日本の仕組みとは少々異なっているのだ。

 

 当初はむろん1、2部制などはなかった。ただ昔からNCAAをリードしてきた有力校、有名校などは敬意をこめて「ユニバーシティー・ディビジョン」と呼んでいた。

 これに対し、新しいチーム、技術水準の低いチームには「カレッジ・ディビジョン」という呼称がついていた。

 またこの前者を「メジャー」と呼んだりもした。それでは後者はということになるが、こちらは「マイナー」とも「スモール」とも呼ばれていないので念のため。

 

 今の「1~3部制」が生まれたのはそれほど古いことではない。1973年、NCAAは編成委員会を立ち上げ、その5年後には1部をさらに「A」と「AA」に分けた。

 ちょうどテレビ中継が盛んになり始めたころで、テレビでの1部の有利さを狙って、2部のチームが「われも、われも」と1部昇格を希望し始めたからである。

 

 NCAAはあらためてAとAAの資格を定め、一方的に増えないように取り決め、現在の形を作り上げた。

 

 最近はまた「A」がフットボール・ボウル・サブディビジョン(FBS)に、「AA」がフットボール・チャンピンシップ・サブディビジョン(FCS)にそれぞれ変わっている。もう変更はあるまいと思うが、どうだろうか。

 

 さて、FBSとFCSを分ける最大の要素は、対戦相手そのものである。最新の規定は持っていないので、この仕組みができた当初の規則によるが、「A」=FBSの資格はそのチームの対戦相手の6割以上がFBSのチームであることとなっている。

 当然のことだが、FCSや2部、3部のチームとばかり試合していてはFBSとは認めないということである。

 

 このほか本拠地の入場者数が「平均何人以上(当初のルールによれば平均1万7000人=今でも一緒かもしれない)」とか「フットボール以外の競技を対校戦として7競技以上行っていること」といった決まりがいくつか存在している。

 

 1部校が255校あること。そのうちの130校がFBSに属し、125校が一つ格下のFCSであることなどを書いてきたが、スタートしたころは上位が104校、下が87校だったことを付け加えておきたい。

 

 ちょうどこのころ、関西学院の高等部が初めてのハワイ遠征を行い、私は喜び勇んで参加した。

 本場の仕組みあれこれを習得できたが、特に組織の中枢の方とのやり取りが、その後の記者生活で大いに役立った。

 ただこの時、大学チームのクラス分けについての質問には、明快な答えがなかったことを思い出す。ちょうどNCAAが規約を発表する前だったせいもあろう。

 

 この問題、書き出すときりがないのでもうストップするが、この取材中に知ったエール大の話には、強く心を揺さぶられた。

 同校が所属するアイビーリーグは、この時、最高位ではなく、一段下に格付けされた。実力、入場者数、他の競技などどれをとっても1部Aは難しかった。
 しかしその中でエール大だけは様々な条件をクリアしていた。むろん昇格がささやかれていた。問題は唯一、対戦校の格だけだった。

 

 アイビーリーグにいる限りは1部AAにとどまらざるを得ない。NCAAは対戦相手の一部組み換えを提案した。

 エール大と戦いたいチームは山ほどある。だが、エール大は対戦相手変更の提案を一蹴した。理由はこうだ。「アイビーの8校は昔からの仲間です」―。

丹生 恭治 にぶ・きょうじ

名前 :丹生 恭治 にぶ・きょうじ

プロフィール:1934年生まれ。関西学院大学卒業後、東京新聞社で運動記者としてスタートし、1962年に共同通信社へ移籍。著書に、中学時代から関学で親しんだアメリカンフットボール生活を描いた「いざいざいざ」がある。甲子園ボウルには高校時代と合わせて6度優勝。

最新記事