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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

トニー・スパラーノ氏が死去 「ワイルドキャット」導入で旋風

2018.7.24 15:29 生沢 浩 いけざわ・ひろし
56歳の若さで亡くなったトニー・スパラーノ氏(AP=共同)
56歳の若さで亡くなったトニー・スパラーノ氏(AP=共同)

 

 NFLドルフィンズの元HCでバイキングズのOLコーチだったトニー・スパラーノ氏が突然亡くなった。56歳という若さだった。この稿を起こしている段階では死因など詳細は分かっていない。

 

 バイキングズでは現地時間24日にルーキーが招集され、27日からベテラン勢を加えた本格的なトレーニングキャンプが始まる予定だった。

 昨季あと一歩及ばなかったスーパーボウル出場に向けてスタートを切ろうとした矢先の訃報だ。

 

 アシスタントコーチとしての経歴の長いスパラーノ氏だが、彼を一躍有名にしたのは2008年シーズンだ。

 前年1勝15敗だったドルフィンズの新HCに就任し、NFLでいち早く「ワイルドキャット戦法」を取り入れ、旋風を巻き起こした。

 

 ワイルドキャットを初披露したのは第3週のペイトリオッツ戦で、QBの位置に入ったRBが走りまくるユニークなスタイルで38-13と快勝したのだ。あのビル・ベリチックHCがなすすべなく白旗をあげた珍しい試合だった。

 

 この年のドルフィンズは11勝5敗で地区優勝する。2003年以降、ペイトリオッツ以外のチームがAFC東地区を制したのはこのシーズンだけである。

 ただし、翌年にはワイルドキャット対策がリーグ全体に浸透し、ドルフィンズは苦戦した。

 ワイルドキャットの効力はわずか1年で終わり、スパラーノ氏は4年目となる2011年シーズン終盤に解雇された。

 

 ドルフィンズのほかレイダーズでHC代行を務めたことがあるが、最も評価されるのはOLの育成だ。

 2013年から2年間指導したレイダーズや2016年に入団したバイキングズでは、若いOLの成長を助ける役割を果たした。OLコーチのほかTEコーチや攻撃コーディネーターの経験も豊富だった。

 

 NFLでコーチデビューしたのは1999年だが、それから職のない「浪人生活」を一度も送ったことがない。

 ブラウンズを出発点として現在のバイキングズまで、9チームが彼を必要としたのだ。いかに優れた指導者だったかがわかるだろう。

 

 カレッジ界で使われていたワイルドキャットの導入に踏み切るなど、柔軟性のあるコーチでもあった。そうでなければ多くのチームを渡り歩き、そのたびに異なるオフェンスシステムでアシスタントコーチを務めることはできなかった。

 現役選手はもちろん、HCや攻撃コーディネーターからの人望が厚い人物だった。

 

 バイキングズは今年、ドラフト2巡でOTブライアン・オニール(ピッツバーグ大)を指名し、さらに二人の新人OGがFAで入団した。

 NFL経験が3年未満の選手が多いユニットで、スパラーノ氏が果たす役割は大きかっただけに残念だ。ご冥福を祈りたい。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。1991年にジャパンタイムズ入社。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。「Pro Football Writersof America」会員。

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