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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.237

2018.6.15 10:00 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
試合前のコイントスに臨む日大鶴ケ丘の選手たち=撮影:seesway
試合前のコイントスに臨む日大鶴ケ丘の選手たち=撮影:seesway

 

 日大鶴ケ丘を2度の高校日本一に導いた吉江祐治前監督が、4月にアメリカンフットボール部のない地方の付属高校に異動した。

 日大という組織内部の「人事」だが、吉江氏の異動に伴いOBの指導をも禁じる異例の〝但し書き〟がついていることを知って驚いた。

 

 選手登録はわずか25人。日大鶴ケ丘は苦しいチーム事情にもかかわらず、今春の関東大会ではベスト4に進出した。

 攻守兼任は当たり前。それでも必死で相手に食らいつき、黙々とプレーする姿は感動的ですらあった。

 

 吉江氏は日大桜丘から日大に進み、WRのエースナンバー「25」を背負い、下級生の時から活躍した。

 4年時の甲子園ボウルで京大に敗れた悔しさが、指導者としての原動力になっている。

 

 大学卒業後、日大鶴ケ丘の体育科の教員として採用された。赴任直後から「シルバークレーンズ(銀の鶴)」を指導し、関東の強豪チームに育て上げた。

 卒業生には日本代表の主将を務めたDE佐々木康元氏をはじめ、兄貴分の「フェニックス」の屋台骨を支えた名選手が多くいる。

 

 雨の東京・駒沢第二球技場。フィールドの片隅で傘を差して教え子のプレーを見守る〝吉江監督〟の姿があった。

 足立学園との関東大会準決勝。敗戦に肩を落とす生徒に、優しく声をかけていた。

 

 一高校の監督というだけではなく、関東高体連の中心的な存在でもあった吉江氏の不可解な異動に、首をかしげる関係者は少なくない。

 ある強豪校の元監督は「吉江先生を失った影響は計り知れない。なんで…」と目を潤ませた。

 

 「悪質な危険タックル問題」で揺れる「フェニックス」は今、指導体制の一新を迫られている。

 OBが新しい指導陣に加わるかは微妙な情勢だが、吉江氏をはじめ卒業生には有能な人材がたくさんいる。

 

 ほとんど機能していなかったOB会は近々会合を開いて体制を整え、現役の学生や保護者を支援するための方向性を打ち出すことになっている。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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