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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【編集後記】Vol.235

2018.6.1 17:57 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
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「お別れ会」でアメリカンフットボール場を模した祭壇に飾られた日大・篠竹幹夫前監督の遺影=2006年9月10日、東京都内のホテル
「お別れ会」でアメリカンフットボール場を模した祭壇に飾られた日大・篠竹幹夫元監督の遺影=2006年9月10日、東京都内のホテル

 

 大学1年の春。先輩に人材がいなかったこともあり、攻撃の右エンド(RE)のレギュラーポジションを与えられた。

 

 4年生の主将、副将と一緒に監督と風呂に入った。監督から突然「歌を歌ってみろ」と言われた。あれこれ考えている時間はない。思いついた曲を大声で歌う。

 腕組みをして湯船につかりじっと聞いていた監督が、カッと目を見開いてこう言った。「お前、暗いな」。翌日から、明るい歌を練習する。

 

 春のオープン戦。ダイビングキャッチをした際に肩から落ち、右の鎖骨を折った。合宿所での夕食。監督の隣で、カルシウムの粉末をたっぷりまぶした丼飯を3杯食べ終わるまで、席を立つことを許されなかった。

 

 監督が運転する車の助手席に座る。車内でNHK鈴木健二アナウンサー(当時)の講演テープを聞く。ありきたりな感想を述べると怒られた。

 硬軟を使い分ける「コミュニケーションの達人」。日大アメリカンフットボール部の故篠竹幹夫元監督は、そういう人だった。

 

 驚くような達筆で、ロマンチックな詩を書き、自ら曲をつける。シャンソンをロシア語で歌う。

 多面性を持った「鬼監督」は、二十歳前後の学生にとっては理想の男性像を地でいく人だった。心に響く名言は数知れない。すごく怖くて優しい「おやじ」は、憧れの存在だった。

 

 「危険タックル問題」で、21度の甲子園ボウル優勝を誇る名門「フェニックス」が存亡の危機に陥っている。そんな中、心あるOBが遅ればせながら立ち上がった。

 カリスマ監督が生涯をかけて愛したチーム、そして何より大事な現役の学生を守るために。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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