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共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

移籍で輝いた苦労人ブリーズ ハンディ克服し一流QBの仲間入り

2018.3.27 15:04 生沢 浩 いけざわ・ひろし
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2017年シーズンのパンサーズ戦でパスを試みるセインツのQBブリーズ(AP=共同)
2017年シーズンのパンサーズ戦でパスを試みるセインツのQBブリーズ(AP=共同)

 

 今年のオフシーズンは、例年にも増してフリーエージェント(FA)やトレードによる移籍が多い印象がある。

 アレックス・スミス(チーフス―レッドスキンズ)、カーク・カズンズ(レッドスキンズ―バイキングズ)ら、先発QBが大きく動いていることもその理由の一つだろう。

 言うまでもなく、主力選手になるほど移籍がチームに与える影響は大きくなる。引き抜きの意味合いが大きいFA制度はもちろん、交換条件によって公平化が図られるトレードでさえも、関係する両チーム間で有利不利が生まれがちだ。

 

 ところが、まれに両チームにとって「ウィン―ウィン(Win-Win)」の好結果をもたらすケースが発生する。ドルー・ブリーズ(セインツ)とフィリップ・リバース(チャージャーズ)がまさにその例だ。

 

 ブリーズといえば、今ではセインツのイメージが強い。このオフも2年間の契約延長を結び、セインツで引退を迎える可能性が高くなった。

 そのブリーズは、2001年のドラフトでチャージャーズから2巡指名を受けてNFL入りした。そして、2年目にダグ・フルーティからポジションを奪う形で先発となる。

 

 当時のチャージャーズはブリーズと同年に入団したRBラディニアン・トムリンソンがオフェンスの核となりつつあった。

 ブリーズはまだ現在のようなピンポイントのパスコントロールを持たず、むしろ183センチというNFLのQBとしては低い身長が足かせとなる場面が目立った。

 

 スターターとなってからの最初の2年間は、TDパスの合計が28に対し被インターセプトは31と多く、パサーレイティングも低い値(76・9、67・7)だった。

 チームも勝てず、特に2003年シーズンは4勝12敗と低迷した。

 

 チャージャーズがブリーズに見切りをつけるのは早かった。2004年のドラフト1巡でリバース獲得に踏み切ったのだ。

 チームとの契約は残っていたものの、ブリーズにとっては事実上の「戦力外通告」だった。

 

 しかし、リバースの入団が発奮材料となったのかブリーズは先発3年目にしてブレークアウトを迎える。

 パス成功率が初めて65%を超え、27TDに対して被インターセプトは7と向上、レイティングも104・8をマークして初のプロボウルに選出された。チームも12勝4敗の好成績を残した。

 だが、このパフォーマンスもリバースへのQB交代という既定路線を変更するには至らなかった。結局ブリーズは2005年も先発したがシーズン後に放出され、FAとなるのである。

 

 FAとしてのブリーズの評価はそれほど高くなかった。総じて先発QBとしての評価は「可もなく不可もなく」。現在のようにパサーとして名を馳せたわけではないからだ。身長の低さもネックとなった。

 そんなブリーズが最終的に移籍先に選んだのが、ハリケーン「カトリーナ」で大打撃を受けたばかりの、ニューオーリンズにフランチャイズを置くセインツだった。

 

 ニューオーリンズは2005年8月にカトリーナが直撃し、街の大半が水没する被害に遭った。

 本拠地スーパードームも破損しただけではなく、市民の避難場所として使用された。そのため、セインツはスーパードームでホームゲームを開催することがかなわず、ルイジアナ州立大学のタイガースタジアム(ルイジアナ州バトンルージュ)やアラモドーム(テキサス州サンアントニオ)で試合を行った。

 ブリーズが移籍した2006年は街が復興の一歩を踏み出したばかりだった。セインツは、市民の心のよりどころとしての位置づけにあった。

 

セインツのベンソン・オーナーの葬儀に参列したQBブリーズ(右下)、後ろはペイトンHC(AP=共同)
セインツのベンソン・オーナーの葬儀に参列したQBブリーズ(右下)、後ろはペイトンHC(AP=共同)

 

 セインツではブリーズにとっても大きな転機があった。パスオフェンスを得意とするショーン・ペイトンHCと出会ったことだ。

 新任のペイトンHCが構築する独自スタイルの中で、ブリーズはパスの精度を上げ、NFL屈指の好パサーの一人と成長していく。

 そして、ついに2009年シーズンにチーム史上初めてのスーパーボウル制覇を成し遂げるのである。

 

 一方のチャージャーズではリバースが先発1年目から結果を出した。強肩を生かした思い切りのいいパスが次々と決まり、トムリンソンとのコンビで得点力の高いオフェンスを作り出した。

 このシーズンで14勝2敗というNFL最高の成績を残したことで、ファンの信頼もつかむことにも成功した。

 以降、リバースはチームの顔として現在も一線で活躍している。スーパーボウルこそまだ経験していないが、間違いなくチャージャーズの一時代を築いた立役者だ。

 

 放出されたブリーズはセインツでリーグ優勝を経験し、後を継いだリバースはチャージャーズを代表する存在となった。これもまたNFLが生んだ興味深いドラマの一つだ。

生沢 浩 いけざわ・ひろし

名前 :生沢 浩 いけざわ・ひろし

プロフィール:1965年生まれ。上智大卒。1991年にジャパンタイムズ入社。大学時代のアメリカンフットボール経験を生かし、フットボールライターとしても活動。NHKーBSや日テレG+でNFL解説者を務める。「Pro Football Writersof America」会員。

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