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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

「日本代表の試合が見たい」 定期的な国際試合の開催を

2013.6.21 16:36 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
第4回世界選手権(オーストリア大会)に臨む日本代表。左からWR長谷川、DL山中、LB古庄、QB東野=2011年、岸記念体育会館
第4回世界選手権(オーストリア大会)に臨む日本代表。左からWR長谷川、DL山中、LB古庄、QB東野=2011年、岸記念体育会館

 サッカー元日本代表で、イタリアのセリエAなどでも活躍した中田英寿さんが、あるテレビ番組でこんなことを言っていた。「サッカーは、ピッチにいる選手とサポーターが一体になって得点を喜ぶスポーツなんです」

 確かにゴールシーンがなくもどかしい試合も多いが、得点シーンには思わず体が動いてしまうものである。

 Jリーグにはあまり興味がなくても、日本代表の試合は深夜早朝にかかわらず見てしまう、そんなスポーツファンは少なくない。

 ブラジルで開催されているコンフェデレーションズカップで、日本は地元ブラジルとイタリアに敗れて1次リーグ敗退が決まったが、国内での注目度は抜群。アメリカンフットボールを愛する身としてはうらやましいが、世界中で最も多くの人たちに親しまれるサッカーは、やはり「フットボールの王様」なのである。

 サッカー人気の根源にあるのは国際試合の持つ魅力だろう。国のプライドをかけた戦いは、見るものを熱くする。自国の代表が勝てば言うことはないが、よしんば負けても、ファンはにわか評論家として試合を語り、戦術論は渇いたのどを潤すビールの格好のつまみになる。

 アメリカンフットボールの国際試合の歴史は意外と古い。日本協会の資料によれば、1935年に南カリフォルニア大が来日。甲子園南運動場に強豪を迎えた明大は7-71で大敗した。以後、学生中心の「全日本」がハワイ遠征などで本場のチームに挑んでいる。

 日本のアメリカンフットボールにとって、一つの節目になったのが71年12月に東京・国立競技場で開催されたユタ州立大と「全関東」の試合だろう。

 学生の年間最優秀選手に贈られるトロフィー名にもなっているチャック・ミルズ氏が率いるユタ州立大は「全関東」を50-6と圧倒した。

 しかし、日本チームのオフェンスを指揮したQB佐曽利正良(日大)の華麗なプレースタイルは、米国チームの度肝を抜いた。ミルズ氏の「彼(佐曽利)をアメリカに連れて帰りたい」という試合後のコメントは、今でも語り草になっている。

 日本が初めて本土の米国チームを破ったのは77年1月。関東学生選抜がコーネル大の軽量チームと名古屋の瑞穂陸上競技場で対戦。日大の1年生キッカー柿本富寛が決勝FGを決め、17-16のスコアで歴史的な勝利を挙げている。

 社会人選手を中心にした、本当の意味での「日本代表」が結成されたのは99年の第1回ワールドカップ(W杯)イタリア大会に出場した時だろう。

 NFLを頂点とする米国は出場しなかったが、日本はこの大会で優勝し、初代W杯王者に輝いている。日本は第2回大会(ドイツ)で連覇し、2007年の第3回川崎大会(世界選手権)では、初めて出場した米国に3点差で敗れている。

 3位だった11年の世界選手権(オーストリア)を含め、日本代表を長く指導しているXリーグ鹿島の森清之ヘッドコーチ(HC)は「今は日本代表のコーチではないので」と前置きしたうえで、こう語る。「競技の存続という意味でも、定期的に代表を招集する必要性を感じている。

 対戦相手は米国でも欧州のチームでも、国内で国際試合を開催する重要性を認識している」。森氏は、代表HCとしての経験を踏まえ、代表チームの在り方について協会にリポートを提出しているという。

 国際試合は、観客動員という面でメリットが見込まれる一方で、開催にかかる費用の問題が関係者の意気込みに「待った」をかけていることは否めない。

 少年フットボールやフラッグフットボールで底辺の拡大を図ることは、もちろん大切である。しかし、頂点に位置する日本代表の「ブランド化」は、競技の普及に不可欠な要素である。「JAPAN」の活躍は子どもたちにとって、何よりの刺激になるのだから。

エプソン・アイビーボウル 日本代表―アイビー選抜 第4クオーター、LBジンゴの猛チャージに阻まれるQB岩本=1994年、東京ドーム
エプソン・アイビーボウル 日本代表―アイビー選抜 第4クオーター、LBジンゴの猛チャージに阻まれるQB岩本=1994年、東京ドーム

日本代表―米国ハワイ選抜 第2クオーター、突進する日本代表のQB波木(中央)=2005年、東京ドーム
日本代表―米国ハワイ選抜 第2クオーター、突進する日本代表のQB波木(中央)=2005年、東京ドーム

第2回W杯地区予選 日本―韓国、第2クオーター、ディフェンスをかわし突進するRB古谷=2003年、長居球技場
第2回W杯地区予選 日本―韓国、第2クオーター、ディフェンスをかわし突進するRB古谷=2003年、長居球技場

第3回世界選手権(川崎大会)の親善大使に就任した大相撲の武蔵丸親方=2007年、両国国技館
第3回世界選手権(川崎大会)の親善大使に就任した大相撲の武蔵丸親方=2007年、両国国技館

パールボウル決勝の記者会見に臨む鹿島の森HC(中央)=6月18日、都内ホテル
パールボウル決勝の記者会見に臨む鹿島の森HC(中央)=6月18日、都内ホテル

第3回世界選手権、米国に競り負けて3連覇を逃し、ぼうぜんとする日本チーム=2007年、等々力
第3回世界選手権、米国に競り負けて3連覇を逃し、ぼうぜんとする日本チーム=2007年、等々力
宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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