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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

体力、気力、お金… 現役選手を続けるためにクリアすべきこと

2014.1.17 7:23 中村 多聞 なかむら・たもん
社会人選手権、第4クオーターに同点のタッチダウンを決めるアサヒ飲料時代の中村多聞さん=2001年、東京ドーム
社会人選手権、第4クオーターに同点のタッチダウンを決めるアサヒ飲料時代の中村多聞さん=2001年、東京ドーム

 少し前までは30歳までプレーしていれば「ベテラン」と言われました。現在では40歳でもトップのゲームで活躍する人もいる時代です。これは20年ほど前からスポーツマンがストレングスにしっかり取り組むようになったからだと思います。それがようやく10年ほど前から効果が出てきたというところでしょうか。

 ただ、やはりそういう人は特別で、例外であることには変わりはありません。20代後半で現役を退くのが普通です。

 プロだと実力が落ちればクビになりますが、アマチュアは望めばクビにならないこともあります。しかしもう一つ大きな問題があります。それは自分の生業との兼ね合いです。

 普通に考えると世の大人は経営者か会社勤めが一般的でしょう。30歳に近づけば仕事の量も質も上がるので、毎日毎日食事に気を付けて体を鍛えて心も磨いて、その上で技術を向上させ複雑なチームプレーをこなさねばならない「趣味」に時間を費やせません。

 年齢とともに肉体は衰えるどころか、10代からしっかり理屈に合ったトレーニングで体の芯から鍛えている人は、30代からでも体力、技術はある程度向上します。場数も踏んで、あらゆるピンチにも慣れているので安定したパフォーマンスが期待できます。

 が、いかんせん一生分まではフットボールで稼げません。日本だとコーチ兼任でもせいぜい年に1000万円というところでしょう。これではフットボールをせずにしっかり大企業で働いている友人らとほぼ同じです。ということは、フットボールで稼げる時間に終わりがきてしまった時にどうするのか、を真剣に考える時が来ます。妻子があれば特にそうです。

 僕は会社勤めをしていた20代後半、子どもが2人いて、月給の手取りが14万円弱でした。栄養費やトレーニング、練習に行くための交通費に割くと残りはほとんどありません。どうしようもないので夜に「BAR」を始めました。この暮らしは結構ハードでした。

【多聞の20代後半の一週間】

・9時前に出社

・11時30分から1時間強をチームのグラウンドで走る

・13時から午後の勤務

・18時からウエートとカーディオトレーニング(有酸素運動)

・20時からBAR営業

・24時に終電で帰宅

・土日の日中は練習場にカンヅメ

・練習後18時からBAR営業

 こんなんでは長期に続けられません。なので、昼の仕事を辞めました。理由は夜の方が幾分稼ぎが多かったからです。

 この時、月に10万円だけでもフットボールをプレーする事で稼げていれば、とても楽に続けられたと思います。体力、気力、技術の円熟期に最高のコーチに巡り会えたことで、選手として最高のフィナーレを飾ることができました。その時32歳。僕の場合はお金があと少しあれば、迷わず現役を継続できました。

 体力があればお金がない。お金があれば体力がない。体力とお金があればチームが弱い。

体力、お金、チーム、気力…。いろいろ大変です。頑張りましょう!

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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