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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

QBウィンストンが3賞獲得 NCAA今季の個人表彰

2014.2.4 18:33 丹生 恭治 にぶ・きょうじ
ハイズマン賞をはじめとして各賞を受賞したフロリダ州立大の1年生QBウィンストン=12月(AP=共同)
ハイズマン賞をはじめとして各賞を受賞したフロリダ州立大の1年生QBウィンストン=12月(AP=共同)

 全米大学体育協会(NCAA)のフットボールシーズンは終わったが、この話題には触れておかねばならない。個人賞である。

 最優秀選手、プレーヤー・オブ・ジ・イヤー、MVP、ベスト○○選手、エトセトラ、エトセトラ…。呼び方はいろいろある。その昔、私が定年を迎えたころは高々10前後だった。いつも書いているので、またかと思われる向きがおありだろうが、ともかくその賞の数が増えている。今では20を超える。最近の変化はこのように目まぐるしい。

 でもファンの皆さんが気にする個人賞は、そうたくさんはない。とりわけスターとしての名前を決定づける「ハイズマン賞」は落とせないことになっている。さて、この賞については昨年末、フロリダ州立大のQBジェーミス・ウィンストンが選ばれたときに紹介したので今回は多くは述べない。賞の性格は無論、全米の最優秀選手賞である。

 だが、このアメリカンフットボールという競技、役割分担の多いことでは、他のスポーツとは比べものにならない。最優秀とは言っても、受賞者の大半はQBかRBで占められ、この他の山ほどあるポジションからは、レシーバーが選ばれるぐらいなものだ。守備からは1997年にミシガン大のDBチャールズ・ウッドソンただ一人という状態だ。ましてやラインやLBの受賞はない。

 考えて見れば、フィールドの中で終始、観衆の目を引いているポジションといえば、間違いなくQBでありRBであり、場合によってはレシーバーである。したがって、選考委員(大半はマスコミの記者)の多くが、話題性豊かなスター選手だけに目を向けて、それを全米最優秀の選手として票を入れるのは、やむを得ないことと言える。

 今年のスーパーボウルでLBのマルコム・スミスがMVPに選ばれたのなどは、まさしくまれなことだった。こうした1試合だけの最優秀選手ならともかく、シーズンを通しての最優秀選手となると、最後は攻撃の、それもボールを持ってプレーする選手に注意が集まる。

 横道にそれて、ディスカッションを始める悪い癖が、また出そうになった。本筋に戻る。

 さて個人賞の中で最も歴史があり、最高の賞とされる、このハイズマン賞は1935年に始まった。

 フットボールに様々なアイデアを持ち込んだこの知将の名をつけ、ニューヨークの「ダウンタウン・アスレチック・クラブ」寄贈のトロフィーに基づく「ハイズマン・メモリアル・トロフィー」というのが正式の名称であるのは、前回述べた。そして2年後の37年には同じく最優秀選手への賞として、「マクスウェル・アワード」ができた。

 20世紀初頭シカゴ大の選手として知られたロバート・マクスウェルにちなむ名称で、今季はアラバマ大のQB、A・Jマキャロンが受賞した。

 しかし、日の当たらぬ場所で黙々と地味な仕事を続けるポジションの選手に、目を向けなくてもいいのか、といった「正論」が出てくるのも世の常である。46年、そうした声にこたえる「ジョン・アウトランド・トロフィー」が生まれた。対象はインテリアラインマン。つまり攻撃では内側の5人、両タックル、両ガード、センター。これは明確である。

 一方、守備ではかつて、ライン全員としていたのが、現在のDEはLBと役割が明確に区別できなくなったため、外されているのはご承知の通り。この賞をつくったときに、今日のような攻撃と守備の分業を予想できた者は、いなかったに違いない。

 名称はトロフィー寄贈者でペンシルベニア大の名選手だったアウトランド博士にちなむ。今回はピッツバーグ大のDTアーロン・ドナルドが受賞した。

 67年にはフットボールの普及発展に力を注いだウォルター・キャンプの名をつけた賞が生まれ、これも全米最優秀選手賞の性格を帯びた。今回はウィンストンが獲得した。ウィンストンはこのほか「ダベイ・オブライエン・ナショナルQBアワード」も併せて受賞している。

 この賞は当初はテキサス、アーカンソー両州にあった南西リーグ(SWC)のQBを対象として77年にスタートしたが、81年から全米規模に拡大した。名称は30年代半ばにテキサスクリスチャン大で鳴らした名QBによる。

 QBに対してはもう一つ。そんなにたくさんいるのか、といわれそうだが、対象を4年生に限定している賞がある。ルイビル大出身で、学生時代は何ほどのこともなかったが、プロ入りして一気に名を成した名QBジョニー・ユナイタスの名に由来するもので、「ジョニー・ユナイタス黄金の腕アワード」と重々しいのがいい。始まったのは87年である。

 一方、「縁の下の力持ち組」では70年に「ビンス・ロンバルディ/ロータリー・アワード」が生まれた。ヒューストンのロータリークラブの肝いりで、対象はラインマン。アウトランド賞を受けたドナルドがこれも受賞した。

 80年代半ばごろから、ポジション別の個人賞が急増した。ユナイタス賞の少し前、85年にはLBを対象にした「ディック・バトカス・アワード」。イリノイ大とシカゴ・ベアーズで鳴らした名選手の名にちなんだ賞で、今回はアラバマ大のO・J・モーズリーが栄誉に輝いた。

 翌86年は「ジム・ソープ・アワード」。フットボールでもそうだが、五輪の混合競技の選手としても名高い伝説の人物の名にちなんだ賞で、対象はDB。ミシガン州立大のダーキーズ・デンナールが受けた。

 1990年に「ドク・ウォーカー・ナショナルRBアワード」ができた。南メソジスト大で活躍し48年にはハイズマン賞を受けている名手の名がつく。ボストンカレッジのアンドレ・ウィリアムズが受賞した。

 プレースキッカーに対する「ルー・グローザ・カレッジエートPKアワード」は92年に誕生。フロリダ州立大の1年生ロベルト・アガヨが手にした。

 93年は守備選手全体を対象に「ブロンコ・ナガースキ・アワード」ができた。バックス、ラインと何でもこなせた万能選手の名がついている。受賞者はアウトランド賞を得たピッツバーグ大のドナルドだった。ドナルドは95年にできた守備選手全般を対象にした「チャック・ベドナリク・アワード」にも選ばれ、QBのウィンストンを上回る四つの賞に輝いた。

 レシーバーを対象にした94年からの「フレッド・ビレトニコフ・アワード」にはオレゴン州立大のWRブランデン・クックス。2000年にできたパンター対象の「レイ・ガイ・パンティング・アワード」はメンフィス大のトム・ホーンジー 。タイトエンドへの「ジョン・マッケイ・タイトエンド・アワード」はワシントン大のオースティン・セファリアン・ジェンキンズ。

 センターへの「デーブ・リミントン・センター・トロフィー」はフロリダ州立大のブライアン・ストーク。02年にできたDE対象の「テッド・ヘンドリックスDEアワード」は、テキサス大のジャクソン・ジェフコートがそれぞれ受賞した。

 守備選手全般の「ロット・インパクト・トロフィー」はUCLAのLBアンソニー・バー。全選手対象のMVP「ポール・ホーナン・アワード」にはルイジアナ州立大のWRオデル・ベッカムの名が上がる。このほか文武両道に優れた選手のための「キャンベル・トロフィー」にはペンシルベニア州立大のOGジョン・アーシェルが選ばれた。

 指導者対象では「ザ・ホーム・デポ・アワード」で初年度のオーバーン大のガス・マルザーン監督が「コーチ・オブ・ザ・イヤー」に選出された。

丹生 恭治 にぶ・きょうじ

名前 :丹生 恭治 にぶ・きょうじ

プロフィール:1934年生まれ。関西学院大学卒業後、東京新聞社で運動記者としてスタートし、1962年に共同通信社へ移籍。著書に、中学時代から関学で親しんだアメリカンフットボール生活を描いた「いざいざいざ」がある。甲子園ボウルには高校時代と合わせて6度優勝。

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