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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【米挑戦スタート編】⑨「エクスチェンジマシン」の日々 ポジションは決まったけれど…

2014.5.27 12:46 鈴木 弘子 すずき・ひろこ
【米挑戦スタート編】⑨「エクスチェンジマシン」の日々 ポジションは決まったけれど…
【米挑戦スタート編】⑨「エクスチェンジマシン」の日々 ポジションは決まったけれど…

 練習2日目。練習は午後6時から。そしてこの日やっとチームオーナーとご対面。彼女は、ミネソタでの弁護士業を60歳で引退し、家も何もかも売って、余生を過ごそうと決めていたフロリダに来たらしい。

 「車で来たので、思ったより時間がかかっちゃって。空港へのお迎えに行けず、申し訳ない」と笑顔で軽く言われた。

 私は「空港で誘拐と隣り合わせで、10時間以上待って高級ホテルの宿泊に何万円も取られ、バスでデイトナくんだりまでやって来て、更に更にホテルごと波にさらわれる不安な一夜を送ったんじゃい! あんた、普通3日も遅れるか?」と言いたかったのだけど、悲しいかな英語ができず「OK」と言うしかなかった。

 オーナーとのあいさつの次に、ヘッドコーチと話さなくてはならない。この日の練習まで、ずっとずっと考えていたことがあった。一番肝心な私のポジションだ。

 いきなりラインバッカーにさせられてしまったが、一度もやったことがない。でもコーチの言う通りに練習してついていければ、試合に出られるのだろうか。それともずっとやってきたオフェンスラインをやらせてもらった方が良いのだろうか。

 小さすぎてオフェンスラインとして使ってもらえないなら、早めにラインバッカーの練習に入った方が良いのだろうか…。

 いろいろ考えた末、やはりオフェンスラインに戻してもらうことにした。オフェンスラインとして試合に出られないならあきらめもつくけど、違うポジションにコンバートされて試合に出られなかったら、後悔するだろうと思ったからだ。

 ヘッドコーチは「君みたいに小さかったら、試合では間違いなく使わない」って感じのことを言ったんだと思う。その時クオーターバックコーチが、「センターはできるか?」と私に聞いた。

 日本の試合で、けが人が出て、たった一度だけセンターとして試合に出たことがある。その時は急だったので、1カ月ほどしか練習していなかった。練習ではエクスチェンジミスばかりだったのに、試合では一度もエクスチェンジミスなく試合も勝利した。

 全く自信がなかったけれど、ここはとりあえず「YES」と言わないと、私の「ポジション変更願」は受理されそうになかったので、自信を持って「YES!」と答え、私はこの日からオフェンスラインの一員となった。

 練習が始まった。アメリカって、結果オーライ、できればOKなのかなあと思っていたら、意外や意外、ファンダメンタルの細かいところまで注意される。

 当時シーガルズの大橋ヘッドコーチによく教えてもらっていたので、日本でやってきたことと大差はなく、英語が分からない私でも十分についていけた。

 そしてポジション別練習が始まった。スリーポイントセット、スタートの練習が終わったところで、私はQBコーチに呼ばれ、QBとのエクスチェンジの合わせをさせられた。

 他のオフェンスライン陣は、みんな当たりの練習の基本を習っていた。最初QB候補は8人いたので、私はずっと残りの練習時間は「エクスチェンジマシン」と化し、ひたすらボールを出していた。

 「まあ、初日はこんなもんさ」と思っていたが、私はその後もずっと当たりの練習に入ることなく、ポジション別の練習ではエクスチェンジマシンとして練習に参加するという日々が続いた。

鈴木 弘子 すずき・ひろこ

名前 :鈴木 弘子 すずき・ひろこ

プロフィール:女子プロフットボール選手。日本の女子クラブチーム・レディコングでアメリカンフットボールを始め、2000年、米女子プロリーグのトライアウトに合格し、日本人初のプロ選手となる。2012年にはサンディエゴサージでチームを優勝に導いた。

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