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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【米挑戦スタート編】⑮ ステファニーのコートとチーム2勝目@NY

2014.7.15 14:30 鈴木 弘子 すずき・ひろこ
ベティさんとオフェンスコーディネーター
ベティさんとオフェンスコーディネーター

 試合後は、マイアミビーチで、リラックスのひと時。その後バスに乗り、色が変わっていくフロリダ州の海を眺めながら、3時間半後にはデイトナビーチへ。まだ見ぬ相手との試合、みんな、緊張していたんだと思う。この試合で大勝し、私たちは波に乗った。

 そして翌々日から、われわれは2週間後のニューヨーク(NY)での試合に備えての練習が始まった。マイアミの気温40度の試合から一転、NYの夜は気温零度近いという。

 試合数日後から、我が家宛に続々と段ボール箱が届いた。ルームメート達はそれを開けて、家族が冬着と一緒に送ってくれた写真や、好きだった食べ物、家族からの手紙やプレゼントなどに歓喜していた。

 思い出の写真やらグッズを見て、ルームメート達は交代に自分史を語る、そんな夜を過ごし、私たちはより一層、固い絆で結ばれていった。

 そして試合前最後の練習。初戦と同様、全員がフィールド外に出され、スターターの発表となった。今回は飛行機を使っていくということで、前回より、より人数が絞られ、たった28人の選出だった。

 そして、我が家からは、ステファニーだけが外された。ステファニーはカリフォルニアの強豪フラッグフットボールチームに所属している。コーナーバックだが、「まだ当たりが怖い」とよく言っていた。

 練習帰りの車の中は、ステファニーを気遣って、みな言葉を発しなかった。夜、ステファニーが私の部屋を訪ねて来て、「母親が送ってきてくれたコート。私いらなくなったから、ベティがNYで着て」と言って、私に手渡した。なんて声かけていいのか分からなかったので、ありがとうとだけ言って受け取った。

 意気揚々とNYに到着したが、人っ子ひとりいない。「あれ、私の聞きちがい?」と思って、「ここはNY?」と他の選手に聞くと、「NYには空港がいくつかあって、ここは外れなのよ」と説明してくれた。

 元NFLプレーヤーだったオフェンシブコーディネーターが、NYの知り合いのコーチに頼んだとかで、手配してくれたスクールバスで、試合会場へと向かう。ロッカールームで、アウェーのジャージが配られ、そしてまたもや久々にキッカーとご対面。

 今回もりっぱな野球場での試合。しかし、全く観客はいない。今振り返っても、人生で、最低の観客数だったと思う。でも試合は予定通りに始まった。

 試合の盛り上がりとは違うところで、そのほんの少人数の観客が歓声をあげ、関係ないところでため息をつく。そして場内アナウンスで、野球の結果が流れる。

 「いったいどうなってるの?」。時は、MLBのワールドシリーズ真っただ中。しかもこの年のカードは、NYヤンキースVs.NYメッツの地下鉄対決。なんと44年ぶりのカードらしい。

 NY市民の全ては、これに動員され、私たちの試合を見に来るなんて、選手の家族の中でもほんの一握り。そして、そのほんの一握りの観客たちも、中継のラジオに夢中で、私たちなんかそっちのけ…。

 そんな中、デイトナビーチ・バラクーダスは、2勝目を挙げた。

 私は、コートを貸してくれたステファニーに、お土産を買って、デイトナビーチに戻った。家に着くと、びっくりするほど家の中は、きれいに掃除されていて、「勝利おめでとう」と、風船やらがデコレーションされていた。

 みんながステファニーにお礼を言うと、「私たちファミリーじゃない。勝って帰ってきてくれてありがとう!」と言われた。泣きそうになった。

ロッカールームではアウェーのジャージが配られた
ロッカールームではアウェーのジャージが配られた

デイトナビーチ・バラクーダスの選手たち
デイトナビーチ・バラクーダスの選手たち
鈴木 弘子 すずき・ひろこ

名前 :鈴木 弘子 すずき・ひろこ

プロフィール:女子プロフットボール選手。日本の女子クラブチーム・レディコングでアメリカンフットボールを始め、2000年、米女子プロリーグのトライアウトに合格し、日本人初のプロ選手となる。2012年にはサンディエゴサージでチームを優勝に導いた。

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