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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

【米挑戦スタート編】⑱ まさかのプレーオフ敗退、酒浸りの日々

2014.8.26 13:56 鈴木 弘子 すずき・ひろこ
ベティさんとチームメート
ベティさんとチームメート

 2000年、我々「デイトナビーチ・バラクダース」は、全勝でプレーオフへと駒を進めた。その年は、10月開幕、クリスマスを挟んでのプレーオフ、そしてチャンピオンシップ戦というスケジュールだった。

 向かうところ敵なしだった私たちは、レギュラーシーズン中盤位から、既にチャンピオンシップには100%進めるものだという空気がチーム全体に流れていた。

 プレーオフの初戦、タンパのチームを相手に大勝。タンパチーム在籍の元オリンピック中距離選手だったナンバーワンランニングバックが移籍してきて、ますます向かうところ敵なしの気分になっていた。

 そして続くプレーオフ第2戦、これに勝利すればチャンピオンシップに進める。そんな大事な試合を前に、クリスマスバケーションを言い渡され、1週間の休みになった。

 選手たちは、故郷から暖かいフロリダに家族を呼び寄せたり、故郷に帰ったりして、当然のごとく家族と一緒にクリスマスバケーションを過ごした。

 私は、日本行きのチケットの高額さにため息をついていると、ルームメート達が、「一緒に、うちの実家においでよ。ベティ一人ここに残して、私たち帰るなんてできない。私たちは家族じゃない!」と誘ってくれたので、結局は、ステファニーについてロサンゼルスに行き、朝から飲んで食べてばかりの数日を送った。

 バケーション明け、たった1週間だったのに、一目見て太ったと思われる選手もいて、完全に走り込みのスピードも落ち、持久力も落ちていた。

 けれど、私たちはこの時点でもまだ勝てると思っていて、その日の新聞の見出しは、「言葉の壁は、バラクーダスのスターターセンターのベティを止めることはできない」だった。

 しかし、クリスマスバケーションが、バラクーダスの動きを止めた。26―29小差で敗退。チームは予想していなかった結果に、試合後のミーティングもなく、流れ解散となった。

 私たちは、ぼう然として家に帰り、翌朝今後のスケジュールを電話で確認した。当然のごとくその後の練習は全てキャンセル。しかし、みんなチャンピオンシップ後のフライトを取っていたので、私たちは、予定のない日々を過ごすことになった。

 朝から、リーグ採用の選手たち全員が我が家にやってきて、何も食べずにひたすら飲んだ。誰かが口を開くと「なんで私たち負けたんだろう」。それだけだった。

 飲み会は一日続き、深夜解散する段になって、誰かが「明日はキャプテンの家に12時に集合」と言い、翌日も同じメンバーがキャプテン宅で飲んだ。

 その翌日は夕方集合で、他の選手の家で空腹になると、ピザを宅配してもらうか、ファストフード屋に行きハンバーガーを食べた。

 チームからは、QBとCBのジョイとキッカーと私の4人は、チャンピオンシップに出場するチームに移籍させてあげると言われていたが、移籍直前、リーグのルールが変わって、シーズン中の移籍ができなくなり、酒浸りの日々を過ごした。私の人生の中で、一番空虚な一週間だった。

ベティさんが見出しになった当時の新聞記事
ベティさんが見出しになった当時の新聞記事

ベティさんとチームメート
ベティさんとチームメート

チームの敗退を伝える新聞記事
チームの敗退を伝える新聞記事
鈴木 弘子 すずき・ひろこ

名前 :鈴木 弘子 すずき・ひろこ

プロフィール:女子プロフットボール選手。日本の女子クラブチーム・レディコングでアメリカンフットボールを始め、2000年、米女子プロリーグのトライアウトに合格し、日本人初のプロ選手となる。2012年にはサンディエゴサージでチームを優勝に導いた。

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