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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

「自分の気持ちに正直に」 アメリカへ旅立つ長女に贈る言葉

2015.8.14 12:36 中村 多聞 なかむら・たもん
米国の大学へ留学する前に、東京・西麻布にある父親のお店で働く長女のチコさん
米国の大学へ留学する前に、東京・西麻布にある父親のお店で働く長女のチコさん

 今回はアットホームな感じのコラムですので、いつもの毒舌を期待している方はお読みにならないでください。

 僕は現在諸般の事情で家族と2000キロ離れて暮らしています。この暮らしが始まって5年が過ぎてしまいました。月日が経つのは早いもので、この間に小学校を卒業したばかりだった長女が大学生になる年齢になりました。

 1998年、NFLヨーロッパ参戦のためにドイツに住んでいた僕は、1歳の長女と妊娠中の妻をドイツに呼び寄せ、家族とともにNFLの選手たちと寝食をともにする生活をしていました。

 1歳の長女はまだ日本語もロクに話せない中、2メートル近い大きなアメリカ人選手に囲まれて、それなりに仲良くして楽しんでいました。

 自分じゃ背の届かない所に置いてある大好物のリンゴやキャンディ、クッキーやチョコレートを、選手に取らせていました。

 時にはエナジードリンクのレッドブルを飲みながら部屋に帰って来ることもありました。1歳の子供が飲んではいけないのは言うまでもありません。

 翌年に次女が生まれ、4人でドイツに滞在。2歳になった「NFLヨーロッパ参戦2年目」の長女は慣れたもので、前年度と同じ滞在先のホテルを自由自在に闊歩してオヤツとフルーツを獲得して部屋に帰ってきます。

 どうやら親しい選手からもらってくるようです。特に自分では意識せず、通じる言葉を使いコミュニケーションを取る技術は父親の僕より上手でした。

 帰国後の2002年、アサヒ飲料での試合中にけがをして手術を2度。どうしても競技復帰をしたいので、ドイツ時代のチームメートがトレーナーとして勤務していたスタンフォード大学へリハビリに行くことになりました。

 長女は小学1年生でしたので、学校を休ませて連れて行きました。これが初めての「父と娘の2人っきり合宿」です。

 毎日スタンフォード大学へ通ううち、彼女は「アメリカの大学っていいね」という、ふわっとした思いを抱きました。アメリカ人の子供を見かければ積極的に話しかけにいき「マイネームイズチコ、フロムジャパン」とかやって、一緒に遊んでいたりします。

 何度かの米国長期滞在で長女は学校で日本の文化を学ぶ機会を奪われ、米国の良いところ、楽しいところを何百回と見てしまいます。

 そして中学に上がる前にいろいろと話しているとこう言いました。「英語をキチンと話せるようになりたいねんけど、どうすればいい?」

 それならアメリカに行っちゃえば、ということでまたまたヨーロッパ時代のチームメートを頼って、スタンフォード大学近くの中学校に入学することになり、長女は晴れてアメリカの中学に通うことになります。

 僕も社員旅行としてカリフォルニアに社員を連れて行き、なんとか彼女の学園生活を見ることができました。

 広大な学校の施設やシーズン制のスポーツ、そしてヤル気と自信がみなぎりはつらつとした先生達、まるで日本の昔のような学校を見て「コレはいい」と感じた僕は、次女もこの2年後に同じ道を歩くよう諭しました。

 帰国した長女は、インターナショナルスクールにカリフォルニアからの転校生という形で入学し、先日卒業。この9月から米国の大学へ行くことが決まりました。

 一緒に暮らせていない生活でも、僕を父親として、そして昔はアスリートだったことをとても敬って接してくれる優しい娘に育ちました。

 現在は大学入学への準備期間中というか夏休みなので「父と娘の最後の夏合宿」開催のため、僕のいる東京へ来てもらい12日間を一緒に過ごしました。週末は遠くに出掛けたり、仲間と一緒に海水浴へ行ったり。

 平日は家業として居酒屋の手伝いをし、お父さんはお金をどうやって稼いでいるのかをしっかり勉強してもらいました。お店の閉店後には食事がてら近所の飲食店へ出掛け、酒場の雰囲気を教えました。

 18歳にもなるとしっかりしたもんで、46歳のオヤジともしっかり会話が成り立ちます。洋楽ヒット曲の趣向も完全に大人と同じ。

 この曲は歌詞とビデオの映像がどうのこうの、コレはカッコいいカッコ悪い、ファッションやコスメ、ヘアースタイル、香水、ネイル、イケメンとベッピンさん、英語の映画やテレビ番組、NFL放送も自分じゃわからなかった部分をたくさん翻訳してもらったりしながら、自分が18歳に戻ったような楽しい時間を過ごしました。

 今でも月に1度会えれば多い方ですが、9月になればかなりのお金と時間的余裕がなければ会うことができません。それは彼女も理解しているので、この12日間は子供っぽいワガママも言わず、お小遣いや買い物もねだらず、絶えず横でニコニコとしてくれていました。

 将来のことも少し話しました。両親は君がとても大切で大好きなんだということ。でも親に気兼ねせず自分がオモロいと思う方に進めばいいんだよということ。親が理解できない道に行く時も、自分の気持ちに正直に、でもなるべくお母さんを悲しませることは避けてほしい、といったお願いもしました。

 人生は出会いが全てです。どんな人と出会うかでほとんどが決まります。特にどんな彼氏ができてどんな人と結婚するかはとても重要です。

 親が納得し親が安心する将来を目指す必要などありません。君にどんな未来がやって来るのか、楽しみにしとくわな。できたら世界的な大富豪の息子かなんかと…。

 そのためにも、お父さんは学費をしっかり稼がんとやね。2年後には妹も大学生やしね。嫌われないように、ギャグをしっかり用意しておくわ。

幼い頃のチコさん(右)と多聞さん
幼い頃のチコさん(右)と多聞さん

多聞さんが師と仰ぐ富士通フロンティアーズの藤田智ヘッドコーチ(左)と記念写真
多聞さんが師と仰ぐ富士通フロンティアーズの藤田智ヘッドコーチ(左)と記念写真

東京スーパーボウルに出場した多聞さんと二人のお嬢さん
東京スーパーボウルに出場した多聞さんと二人のお嬢さん
中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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