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週刊TURNOVER

共同通信社が運営するアメリカンフットボール専門のウェブマガジン。国内外のフットボールを紹介するベテラン記者のコラムや、国内注目試合の見どころやリポートなどを毎週掲載する。監修は共同通信記者で、NFLの解説者でもある宍戸博昭。

自己変革を目指し自分と闘う 自分に負けない自信を作る

2015.11.4 15:39 水野 彌一 みずの・やいち
2012年2月、京大アメリカンフットボール部監督退任の記者会見に臨む水野彌一さん
2012年2月、京大アメリカンフットボール部監督退任の記者会見に臨む水野彌一さん

 久しぶりに一筆献上。きっかけはラグビー日本代表の健闘、まさに快挙である。

 特筆すべきはエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチの手腕である。ラグビーでは勝つためにはフィジカルに強いことが最も重要な戦いであると言われている。多分アメリカンフットボール以上である。

 だから強豪チームに比べてフィジカルに劣勢な日本は不利なのは明らかであり、これまで優れたコーチが指導しても勝利を得ることがほとんどできなかったのだろう。

 ところがジョーンズ・ヘッドコーチは、その日本が世界の強豪に勝つことを現実の目標とし、ジャパンウェイとして追求した。

 それは、フィジカルに劣る日本が弱点を臆するような小手先の戦いではなく、真正面から劣勢を克服する戦略と、素晴らしいイマジネーションと実行力である。

 それに加え、選手のジョーンズ・ヘッドコーチへの信頼と厳しい取り組みをやり遂げた精神力、さらにはそれをバックアップしたラグビー協会の見識と指導力、三位一体による偉業であり、感服する他はない。

 私はスポーツでは戦術も大切だが、それ以上に選手を鍛えることのほうがはるかに重要で、加えてコーチのイマジネーションを実行できる環境、この三つが戦略の核であると考える。ジョーンズ・ヘッドコーチはそれを実証してくれた。それが大変うれしいのである。

 さて我が国のアメリカンフットボールはどうだろうか。コーチの考え方は次のようだと思う。

 自らが立てた戦術を選手に教え、そしてそれをマスターさせるための練習を計画し実行する。その上でベストのプレーを実行させるためプレー毎に指示を出す。長時間の練習は選手を消耗させるし、激しい実戦練習は負傷の危険が高いからできるだけ少なくする。

 練習時間を短くし、集中力を高める。課題を決め計画を立て、タイムスケジュール通りノーミスで練習することが良いとされる。そのためミーティングで選手に徹底し、選手はそれを理解した上でフィールドで実行する。

 効率が大事だから余分なことをするのを嫌う。一昔前のように長時間の練習で選手を鍛えるということはやらない。もちろん選手の強化は大切だから、ウエートトレーニングには精を出す。

 このような考え方は戦術のウエートが高いフットボールでは理解できることだと思う。そしてこの考え方は全米大学体育協会(NCAA)フットボールに追随したもののように思う。

 米国では大学フットボールのコーチは憧れの仕事で、成功すれば富と名声を得ることができる「アメリカンドリーム」である。それだけに競争は熾烈であり、大学は高給で優れたコーチを雇う。

 また、人口が我が国の倍以上の米国の高校ではフットボールはスポーツの花形であり、優れたアスリートの大半がプレーしている。毎年多数の優秀なフットボール選手が大学へ進学するのだから、彼らを獲得するためのリクルーティングはコーチの第一の仕事である。

 その上でその選手達にミーティングと練習で自分達の戦術をマスターさせ、試合で戦わせるためのゲームプランを立て実行する。選手を鍛えるということがあまりできていないが、それはNCAAが厳しく練習時間を制限しているためである。

 選手を鍛えようにも時間がないのであり、強化の方策は制約のないトレーニングに頼るしかないというのが実状であろう。そのため取り組みとしてはどのチームも大同小異、差をつけるのは戦術となるから、戦術は毎年進化しており、そこから我々が学ぶべきことが多いのは当然である。

 我が国でも社会人フットボール、特にXリーグはNCAAと似た環境にあるからNCAAの戦略を学ぶのは極めて有益であろう。

 大学でも一部の強豪校はリクルートが可能だから、NCAAに倣うというのは理解できるところである。

 基本的に必要な人材はリクルートすることが第一なのである。しかし我が国では高校フットボール選手は少なく、優れた人材を獲得することができるのは一部の強豪校だけである。

 以前は甲子園ボウルの常連校の一つであった京大も選手はほとんど大学に入学してからアメリカンフットボールに取り組む。このような選手にとってまずやるべきことは、基本的技術を習得することである。

 自転車に乗ることを覚えるように、技術は教えてもらうより自ら体で覚えるものだから繰り返しが大切で、フィールドでの練習が最重要である。

 フットボールは戦術が大事、自らのスキルの生かし方を考えてプレーするべきであるが、スキルの不足している者がいくら考えても勝ちにつながらない。そういう意味ではやり始めて2年や3年の選手は初心者であるから、たくさん練習することが大切である。

 初心者は変化が早い。やればやるほど上達する。だからプレーをデザインして、それを選手に実行させるより、選手を鍛えた上でデザインする方が、はるかにそのチームにとって良い戦術できるはずである。

 もちろん、シーズンに入ったら次の対戦のためのゲームプランとその実行のための練習が最も大切で、無駄なことは避けなければならない。

 一方、選手が上達するのというのは、なってみなければ分からないことであり、何をどうすればよいか答えはない。トライアンドエラーは不可欠、無駄を嫌ってはいけない。春の前半はしっかりと選手を鍛えるべきだと思う。

 忘れてならないのは日本の大学ではNCAAのように練習時間の制限はないということである。NCAAの後追いではなく、日本流の戦略が必要であろう。NCAAが練習制限をするのは、大学生活がフットボールだけになってはいけないと考えるからで、それはよく理解できるところである。

 しかしニュージーランドのラグビーではオールブラックスに入れそうな選手は1年や2年は他のことは省みずラグビーに専念すると聞いている。

 我が国の大学でも学業との両立は大切なのはよく分かるが、工夫をして最後の一年くらいはフットボールに専念するというのも意味のないことではないと思う。チームを勝たせる選手になるため今の自分を超えるという自己変革を目指し、自分と闘うのである。その闘いをやり抜いた時、自分は自分に負けなかったと思えるのだ。

 チャンピオンになれるのは一チームだけであるから、試合に負けたら意味がないと考えるのは間違いである。

 勝利のみを目指し自分と闘う、そして自分には負けない自信を作る。この自信さえあれは大抵のことには挑戦できる。これが強い人間である。こうなれば自分が見えてくる。

 そして己を知る者だからこそ敵も見えてくるのである。このような人間になることこそが学生スポーツの意義の最も大切な部分であろう。真のリベラルアーツなのである。

 NCAAフットボールは確かに素晴らしいのは認めるが、それとは一味違うフットボールもあってもよいだろう。人生の価値観まで後追いすることはないと思う。どんな取り組みをするか、それはチームと選手の選択である。

 ジョーンズ・ヘッドコーチは日本が勝つラグビーをイメージし、それが実行できるよう選手、それも日本代表の選手を徹底的に鍛え上げたのが今回の偉業につながった。彼の下で戦った選手達も大きなものを得たはずである。

 コーチとはこうあるべし。強くそう思う。コーチも本気でやるなら365日の中で楽しい時は3日もない。選手を指導するというのは、同じ立ち位置に立つということが不可欠である。選手は皆違うから基本的に1対1なのである。

 相手は何千人だから、まさに体力と根気の仕事、いくらやっても十分ということはないから、楽しいと思う暇などないのである。

 しかし、選手がフットボール選手としてに止まらず人間として成長してくれるのを見ることは無上の喜びである。

 フットボールをしておれば幸せというのはコーチではない。指導するのだから少なくとも選手と同じだけしんどい辛い思いをする覚悟がなければならないと思う。

 今はこのような考え方は時代遅れと笑われるかもしれないが、NCAAスタイルにはない価値があると思っている。

 ジョーンズ・ヘッドコーチの指導を見て、小生も残された時間で少しでもフットボールに恩返しできればと思う。

 そのためにはある程度の条件を整えてもらわねばならないが、もしこのようなフットボールを教育の一環としてやりたいという大学があり、本気で頂点を目指そうと考えておられるのなら、小生の考える戦略を披露させていただくことはやぶさかではないと思っている。

ラグビーのワールドカップで日本代表を率いたエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ
ラグビーのワールドカップで日本代表を率いたエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ
水野 彌一 みずの・やいち

名前 :水野 彌一 みずの・やいち

プロフィール:1940年生まれ。京大出。74年に京大アメリカンフットボール部監督に就任。83年度に大学王座決定戦の甲子園ボウルで初優勝し、社会人と日本一を争う日本選手権(ライスボウル)も制した。86、87年度にはエースQB東海辰弥を擁し、連続日本一に輝いた。甲子園ボウルは6度、ライスボウルでは4度優勝 している。

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