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人と森をつなげ、地域を守る トヨタ自動車のフォレストチャレンジ 三重県大台町からの報告

 初冬の晴れた日、すがすがしい木々の香りが、手入れされた森に漂う。秋の柔らかな光が森に差し込み、愛犬たちが元気に走り回っていた。ここは森の中に作られたドッグラン。愛犬をスマートフォーンで撮影したりしていた、ある飼い主は「こんな生き生きとした姿を見たことがない」と笑みを浮かべながら愛犬の様子を語った。

 ここは、三重県大台町(人口約9400人)の森の中。県中部に位置し、約90キロになる県下最大の河川「宮川」が町内を流れ、西は奈良県川上村・上北山村に接している。日本三大峡谷の一つである大杉峡谷があり、周辺を含め、町全体が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の生物圏保存地域「エコパーク」に登録されている。

 自然豊かな大台町は、町の90%以上を山林が占め、林業が基幹作業の一つだった。しかし、外国産木材の輸入拡大に伴う国産材価格の低迷や、林業従事者の高齢化、後継者不足の問題に直面し「先の見えない不況に陥っており、森林への意識低下とともに施業放棄される森林が増加している」(大台町森林整備計画、2017年3月)という。

東京ドーム364個分の森

 そのような課題を抱えていた大台町の森林の一部を、愛知県豊田市に本社を置く世界最大規模の自動車メーカー、トヨタ自動車が2007年10月、計1702ヘクタール(東京ドーム約364個分)を取得した。冒頭にあった愛犬たちが駆け回っていた森も、そのエリアの一角だ。

 トヨタ自動車は、国内では、大台町に加え「トヨタの森」(愛知県豊田市)、「トヨタ白川郷自然學校」(岐阜県白川村)で、海外では「中国砂漠化防止プロジェクト」などで、幅広く森づくりや森をフィールドとした環境教育を展開している。

 なぜ、トヨタ自動車が長年、これほどまでに森づくりに力を入れているのか。それは、「地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する」という「トヨタ基本理念」に基づく。同社は、事業を展開する地域の自然環境の保護に協力、貢献をすることで、地域の持続的発展につなげたいという強い思いがあるからだ。

地域と手に手を取り合う

豊田市にある社有林を環境学習等のフィールドとして活用されている「トヨタの森」

 特に、森の荒廃が国内外で問題となる中、トヨタ自動車は1992年、「トヨタの森」計画をまとめた。森は、二酸化炭素の固定、リサイクル可能な資源である木材の提供、生物多様性の保全、水土保全など、人間の生活に大きく影響を与える存在だ。

 そんな森の機能は、「低炭素社会の構築」「循環型社会の構築」「自然共生社会の構築」であり、同社は森を地域・社会の重要な基盤と位置付けた。しかも、トヨタ自動車が単独でやるのではなく、それぞれの地域の自治体や、NPO、教育関係者らと手に手をとって取り組んでいることも大きな特色だろう。

もりあげプロジェクト

 そろそろ、三重県大台町の「トヨタ三重宮川山林」に戻ろう。昨年11月24日、秋晴れの下、町内にある「奥伊勢フォレストピア」をメイン会場に、森を楽しく使うプログラムとして「フォレストチャレンジ・フェス2018 森あげ プロジェクト」が開催された。

 大台町のトヨタ自動車の広大な森を舞台に、「地域のみなさまと何かおもしろいことができないか」(社会貢献推進部・朽木英次部長)という目的で、同社が全国から募集し、選考を通過した、アーティスト、会社員、木工作家計3人がチャレンジャーとして選ばれ、今年4月から森に入り、活動を続けている。「森の中のドッグラン」の企画も、このプロジェクトの一つだ。

 今回のプロジェクトについて、同社の社会貢献推進部社会貢献プログラム室の國友淳子本社グループ長はこう解説してくれた。

 「大台町の山林を2007年に取得し、この約10年間、林業の森として活用できないか、取り組んできました。しかしながら、木材価格の低迷など、産業としての林業は難しく、思い悩む日々が続きました。一方、地域活性化で全国の若い人が森に入っているという活動も聞き、木材価格だけが人工林の価値ではなく、新しい価値が生まれてきているのではないか。そこで、森にかかわる人を増やすこと、それが森と地域の活性化に繋がるのではないか、と考え、トヨタ自動車として、森にかかわる人を応援するという活動につながりました。大いにもりあげていきたい」

 そして、國友さんは、トヨタ自動車とチャレンジャーとで、この大台町の森で目指したいことについて、一つは、木材や森林空間での新しい活動を考えていきたい、二つ目は地域とコラボした取り組みを目指す、最後に、今年は難しいかもしれないが、活動を通じ利益を上げ、森や地域に還元することを挙げた。

 つまり、チャレンジャーという、人と森を結びつけるキーパーソン役をトヨタ自動車が見いだし、そのキーパーソンの創造的な活動を通じ、森の魅力を再発見してもらい、地域の発展につなげることを狙ったプロジェクトといえる。しかも、選考を経て選ばれた3人には、活動資金のほか、地域活性化の専門家による事業へのアドバイス、トヨタ三重宮川山林を、生態系に配慮しながら自由に利用ができるなど、単なるイベントでは終わらせない、というトヨタ自動車のやる気が感じられる。

 24日は三つのイベントが開催された。冒頭の「森の中のドッグラン」を企画した「ワンコの森あそび体験会―ワンコと冒険に出かけよう―」に加え、彫刻家による「アートで森と地域を活かす!」、木工作家と一緒に作業をする「森のバターナイフ作り」が企画され、地元をはじめ、関西、中部圏などから応募があった一般参加者と、都会の喧噪を忘れ、森の時間を過ごした。

愛犬と森を結びつけたい

インタビューに答える小田さん

 森の中のドッグランや、愛犬と遊ぶ様子をドローンで撮影する企画を考えたのは、東京在住で、大手通信事業で働く、会社員・小田明さん。1965年、島根県生まれで、島根県森林インストラクターの資格を持ち、根っからの森好きだ。それと同じぐらい好きなのがイヌで、自宅で、奥さんと一緒に、ジャックラッセル・テリア2匹を飼っているという。

 小田さんはフォレストチャレンジに参加した動機について、「数年前から日本中の森が荒れていると、いろんなところで聞きました。自分なりになんとかならないかという思いがあり、少しでもよくするには、都会などに住む人々がまず興味を持って、森に入って行くことが必要だと考えました」と穏やかな口調で語った。

 当初は「人と森」を結びつけるにはどうすればいいか、を考えていたが、「それは、自分でなければできないことか」と自問自答した結果、自分の大好きなイヌと森を結びつけては」と考えついたという。しかも、「50歳を過ぎ、退職後に思いを巡らすと、ワンちゃんと過ごす老後もいいかな」と、気力、体力がまだ残っている人生の折り返し地点で、そう感じたことも、プロジェクト参加を後押しした。

森に入る前のデモンストレーションでドローンを元気に追いかける愛犬達に拍手が起こっていた

 2017年11月、「トヨタ三重宮川山林 フォレストチャレンジ」の説明会があり、「大台町に移住しないで、東京に住みながら活動ができる」ことも分かったことから応募し、見事に小田さんのプロジェクトが選ばれた。今年4月から、土曜、日曜日、有給休暇を使って、大台町に入っている。

 イヌと森をどうつなげるのか。「森のガイドだけでは、売り上げもそう期待できない。そこで、森で愛犬と過ごす写真を撮影することや、動画、それもドローンでの撮影であれば、お客さまに喜んでもらえ、家族の楽しい思い出になるのではないか。しかも、ドローン撮影は規制が厳しいが、ここトヨタの森では自由にできる」と、地元でドローン操縦ができる知人に協力を得て、冒頭の映像のような作品に仕上がった。

 今後は、東京の自宅、島根県の実家、そしてここ大台町で、「多拠点生活」を実践するという。「死ぬまで、楽しみながらできる仕事ができたらいい」と笑顔で語る小田さんの表情がまぶしかった。

 「森の中のドッグラン」に奈良県から参加した、保健師の40代女性は、7歳の愛犬の頭をなでながら「森林保護活動のホームページで知った。愛犬を山林で遊ばせたいという思いとともに、あのトヨタ自動車さんが所有する森と聞いて、どんな森なのか、興味があった」と参加理由を説明。「森はとても手入れされており、きれいだった」とした上で、「このようなイベントがあれば、また参加したい」と話した。

森に響くチェーンソーの音

実際にチェーンソーで木材を成形する場面から実演された

 この日の午前、会場の奥伊勢フォレストピアの前庭に、「ドルルル…、ブオン~、ブオン~」とチェーンソーの音が響いた。約1メートルの長さの丸太が徐々に、砂時計のような形に加工されていく。周囲には、ヒノキの匂いが充満し、参加者らは、チェーンソーを器用に操る若い女子の手さばきに見入っていた。まもなく、いすの原形ができる。

 これは、チャレンジャーの1人、彫刻家で、象鯨(ぞうげい)美術学院講師を務める 西村浩幸さんの「アートで森と地域を活かす!」のデモンストレーションだ。西村さんのお弟子さんの美大生が、チェーンソーで「荒どり」と言われる作業をしていた。

 西村さんは芸術家だ。1960年、大阪府に生まれ、85年に東京芸術大学を卒業。数々のコンクールに入賞し、彫刻家の傍ら、神奈川県大磯町に2009年、芸大を目指す高校生らの受験準備指導のほか、絵画講座などを展開する「象鯨(ぞうげい)美術学院」を開設している。

 彫刻家として、地元大磯町など地域にある廃材などを活用し、独特のフォルムを持つ、いすなどを創作している。切り出された木材を組み立てないで、丸太からチェーンソーで掘り出し、完成したものを「象鯨彫刻家具」として売り出している。制作は、神奈川県の大磯町、真鶴町、湯河原の3カ所に加え、イベントの舞台の大台町にアトリエを構える。

インタビューに答える西村さん

会場では象鯨家具の展示も行われていた

 「1月に2度ぐらい、片道約500キロをピックアップトラックで通っています。ちなみに車は日産自動車のダットサンなのですが…」と、関西人らしく笑いを誘う。「この自然豊かな大台町は、芸術活動に取り組む環境としてとてもポテンシャルがある」と言い切る。

 西村さんは「偉そうな言い方かもしれないのですが、ゴーギャンがタヒチに移住したように、芸術家は作品の産地、つまりどこで作るのかが重要な問題なのです。自然で作品を生みだし、発表する。それが、都会の人々の心に響くのです。ここの森林の木を使い、ここから情報を発信していきたい」と意気込みを語ってくれた。

新しい楽しみが発見できる

吉川さんのワークショップでは参加者と共にハンドメイドの木製バターナイフ作りが実施された。

 奥伊勢フォレストピアの離れの部屋で、黙々と老若男女約10人が小刀で木を削っている。木はテーブルに設置された万力で固定され、小刀で荒削りした後、今度は南京カンナで、湾曲した部分を細心の注意を払いながら削る。そして、紙やすりで表面を磨き、仕上げる。

 3人目のチャレンジャーの木工作家、吉川和人さんによる、バターナイフ製作のワークショップでの光景だ。トヨタの山林で採集されたカシの木を1年以上乾燥させて使う。吉川さんがある程度まで形にして、ワークショップ受講生が完成させる。完成後は、コーティングとして、食用のエゴマ油を表面に塗るという。

 母親と参加した、地元大台町の男子中学生(15)は「工作が好きで、この講座を申し込みました。大人になったら、ものをつくるという仕事がしたい」と楽しそうに話した。

会場には三重額縁とのコラボ製品も展示されていた

 吉川さんは、大台町にある、三重県立昴学園高校でも、木工ワークショップの授業を持つほか、大台町に本社を置く国内有数の額縁メーカー「三重額縁」ともコラボして商品開発に取り組むなど、地域との交流を始めている。

 吉川さんの経歴は異色だ。1976年、福島県郡山市で生まれ、慶応義塾大学卒業後、外資系のインテリアを扱う会社に入社。奥さんのフランス留学に伴い、渡仏。2012年にインテリア会社を退社し、岐阜県立森林文化アカデミーで2年間、木工技術を学び、東京都内に作業場を構え、木工作家として活躍している。

 「あちこちで分断という現象がみられますが、自分がかかわっている木工という分野でも、森から作られるモノと、そのモノを手に取る消費者の関係が分断されているように思います。森にかかわる者として自分が、今回のトヨタ自動車さんのフォレストチャレンジを通じ、何かできないか、つなげられないかと考えました」ときっかけを語る。

インタビューに答える吉川さん

 「雑木と呼ばれている木から、世界に一つだけのバターナイフができる、そんな経験をすると、きっと森を見る目が変わってくるでしょう。そういう出会いから森に関心を持ってもらえるのではないか。今回のようなワークショップでの製作体験から、人生の新しい楽しさを発見してもらえる」と、手軽に創作できる魅力を強調した。吉川さんは将来的に大台町に、サテライト工房を構え、地元の拠点にしたいという。

 今回、登場した小田さん、西村さん、吉川さんはそれぞれの得意分野を生かしながら、森と人をつなぐ、チャレンジャーだ。その彼らを、トヨタ自動車、大台町、地域の方々らが応援する。時間の経過とともに、この一連の活動は、今は小さな「年輪」だが、将来、大きな「年輪」にきっと成長するだろう。

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